【運送業改善4】トラック運送事業における給与制度の改善を通じた経営体質の強化
Ⅰ.はじめに
近年、トラック運送事業は法規制の改正・施行が続いている。直近では平成18年10月に自動車運送事業関係法(道路運送法および貨物自動車運送事業法)の一部改正があり、運輸安全マネジメントの導入が打ち出された。国土交通省はその定着状況を確認するため、取り組み状況の評価を行う。「輸送の安全性を確保する」ことは運送事業者の当然の責務であったが、この改正法の施行によって経営者自身の安全確保義務が明確に定められた。現在、トラック運送業界では環境経営・安全輸送の両面から経営体質の強化と経営品質の向上の機運が高まっているのである。
また経営体質の向上を担う乗務員の確保が厳しくなってきている。業績の回復にともなって自動車業界などを中心に人員の確保を進めていることが影響している。さらに働き方や生き方の多様化の中で、社員として長く働くことを好まない傾向が強くなってきていることも人不足の要因である。このようなことから職場環境の整備や働きがいを感じられる制度作りによって、社員の満足度を向上させて辞めない会社作りを進める必要がある。
Ⅱ.経営体質の強化が必要なトラック運送事業の状況
1.規模の推移(図表1)
事業者数は毎年増加し、平成16年度は前年度に比べ2.5%1,511社増加し、61,040社である。車両規模別事業者数を見ると、平成15年度に1~10台規模が全体の50%を超え、平成16年度は52.9%32,263社である。平成15年度と比較すると、11~20台、21~50台で事業者数が減少している。規模の二極化がおきている。この傾向は会社法の改正の影響などから、これからも進むと思われる。
輸送トン数は平成16年度5,075百万トンであり、前年度より159百万トン減少している。一方、輸送トンキロは平成16年度327,632百万トンキロであり、前年度より5,770百万トンキロ増加した。その結果、トン当りキロ数は平成14年度から58.4㎞→61.5㎞→64.6㎞と伸びており、輸送トン数が減少しているため輸送距離が伸びていることがわかる。このことは軽油単価が上昇すると燃料費が増加することを意味する。エコドライブの徹底と配車効率の向上に取り組んでいないと経営を圧迫することになる。
2.トラック運送事業の経営状態
(1)損益の状況(図表2)
営業収益は年々減少し、燃料費は年々増加している。それに対して人件費(原価+一般)を抑え(対売上構成比48.3% → 47.1% → 47.0%)、傭車費を抑えた結果、営業利益は年々増加(▲312千円 → 437千円 → 592千円)しているものの、依然として金利を負担できていない状況であり、厳しい経営を強いられている(平成16年度金融費用2,126千円)。
(2)労働環境のトレンド(図表3)
運輸業の労働時間は平成15年2,136時間から平成16年2,120時間に減少しているが、全産業との比較では1.14倍→1.15倍→1.16倍と推移しており、運輸業の時間短縮が進んでいない。一方、賃金は年々減少しており、全産業との比較では0.99倍→0.96倍→0.97倍と推移している。この結果、時間当たりの単価は全産業より低く、年々減少している。
3.今後の課題
規模の小さな事業者が増え、輸送トン数が減少する中で輸送トンキロが長くなることは、競争の激化とともに運賃の低下も進むと思われる。現状は人件費を下げて利益を出している状態である。しかし労働環境は乗務員不足であり、時間単価も下がっているため、一定の給与水準を維持して採用・雇用・教育の強化を図らなければならない。ただ働いた結果としての給与ではなく、経営の質と社員の質を高めていける給与制度を構築することが必要である。
Ⅲ.給与制度の改善を通じた経営および人の質の向上
1.基本的な考え方
低成長時代の中で給与制度の改善は運送業者全体が抱える問題であり、企業の根幹をなしている問題といっても過言ではない。よって「年功序列の固定的昇給制度」ではなく、『仕事の内容が高まった時』や『実績を残した時』に給与が上がる仕組みが必要である。社員の大部分を占める乗務員の給与では『固定給から変動給』へ、また『時間的要素から業績的要素』が強い給与体系が求められる(図表4)。これを体系的に進めるためには、会社の経営理念や方針を根底に、給与システムと人材育成システムと業務システムが有機的に関連をもって運用され、給与制度の改善が経営改善につながるのである。それぞれの関連性は次の通りである(図表5)。
・給与システムと人材育成システムの関係:
経営理念に基づく会社から社員に対する期待水準と個人の向上目標が一致した上で社員一人一人の成長とともに給与が上がる。
・給与システムと業務システムの関係:
社員にとって満足感のある給与システムは社員の成果が適正に評価され、その結果が給与に反映されるものでなければならない。その配分基準は経営意思の反映となる。そのためには業績が正しく把握できる管理システムの構築と社員が納得できる目標設定と実績のオープン化が必要である。
・人材育成システムと業務システムの関係:
社員の職務能力基準に基づく社員の成長と経営計画の達成が一体でなければならない。そのためには社員の成長と計画達成の有無がわかる業務システムがあり、それぞれが螺旋状に向上していく必要がある。
2.給与制度改善のステップ
ステップ1:現状分析と基本方針の設定
管理者の考え方の整備と資料の調査により現状を把握し、新給与制度の基本方針を作成する。資料調査の中で特に留意すべきことは、「車両別及び運転手別の稼動金額、原価、経費の明確化」と「一人当たり生産性と人件費の関係の理解」である。
ステップ2:プロジェクトチームの発足と運用制度の作成
ここでの主な内容は「給与体系の構築」「評価表の作成」「職務能力基準の作成」「運用システムの構築」となる。
ステップ3:新システムの運用とフォロー
評価について評価者・被評価者の理解を深める評価者研修の実施とそこから出る問題点に基づく是正が必要になる。そして社員が共通して理解するために「新給与システム導入マニュアル」等を作成し、社員への説明をした上で運用となる。
3.A社の事例
A社は東京郊外に本社があり、他に営業所が3ヵ所ある車両台数130台の運送会社である。仕事内容は住宅建材の配送・家具家電の宅配まで様々である。過去には数回の給与改善を実施してきたが、今後の経営体質を充実させるために新たに給与改善が必要となった。A社からの依頼事項はリーダークラス(所長候補や主任)の育成を通じて、乗務員の成長と関連した給与制度に変更することである。また長時間労働になりがちな中で給与水準と経営成果のバランスが取れる仕組みにして欲しいというものであった。
(1)プロジェクトの組織化と目的に共有
改善の第一歩として、リーダークラスの育成のためプロジェクトの組織化をおこなった。メンバーは現場をよく知り、乗務員と直接対話ができる次世代のリーダー6名とプロジェクト全体を統括する取締役の7名でスタートした。この6名は実績検討会議や事故防止についても一緒に取り組んできたメンバーであったが、今回のプロジェクトを通してお互いが向き合った結果として、同じ方向を見ていける関係作りが重要なポイントとなった。
まず取り組んだことは「現在の給与体系の理解」と「改善のポイントの統一」だった。現在の給与体系は部分的知っているという状態であり、全体像については全員が理解していなかった。それは仕事別に手当の金額が決まっているなど、かなり細かく作られていたためである。そのため改善のポイントは手当の内容を絞り、仕事別歩合給制に基づく職務給中心の制度とした。この職務給の中に「みなし労働制(残業制)」の考え方を取り入れ、36協定で定められている内容を最大限に活用し、時間外手当の計算基礎の低減に取り組んだ。これによりメンバーにとっては乗務員の労務管理について改めて考える機会となり、考え方の確認ができ統一に向かっていった。
(2)評価制度の構築
次に取り組んだのは評価制度の構築である。評価対象は荷主と乗務員である。荷主については全営業所で行っている荷主もあれば、営業所単独の荷主もあった。これら全ての荷主を「仕事のつらさ」「複雑さ」「困難さ」「責任の大きさ」に分け(図表6)、それぞれの判断項目と判断基準を設けて格付けをおこなった。この時にもメンバーが荷主を見る角度や視点が様々であり、試行錯誤をしながら荷主を格付けし、まとめることができた。一方、乗務員の評価は「乗務員評価基準表」「仕事内容評価表」「特別評価」の3種類からおこなった。「乗務員評価基準表」(図表7)は主に基準行動の実践・協調性など乗務員の人格に関する内容とし、「仕事内容評価表」は様々な仕事ができる乗務員作りを目標にしているため担当した仕事の数を基準にした。「特別評価」はこれらの評価の中にない重要な要素として「車両・破損事故回数」「整備知識」「勤続年数」「積み忘れ回数」「取付技術」といった内容とした。各メンバーが上司とともに評価した結果を持ち寄り、プロジェクトの場で評価基準の統一をおこなった。その結果、乗務員に対する見方をメンバー同士の中で一致させることができ、理想とする乗務員像の具体化ができた。
(3)給与内容の改善と設定
最後には荷主の評価と乗務員評価を各5~7段階に分け、それらを組み合わせたマトリックスの職務給テーブルを作成した(図表8)。各段階のピッチ金額を変えることによって、現状の給与水準から逸脱しない水準を設定した。それでも現在の給与を維持できない場合は、会社の方針変更であるため、6ヵ月という期限を決めて調整手当という形で補った。プロジェクトメンバーはその6ヵ月間の中で配車方法を変更するなどして、調整手当に相当する仕事量を責任もって確保することになった。
(4)活動成果
これらの改善活動を1年かけておこなった。創造経営教室基礎コース未受講のメンバーは受講し、考え方の土台固めをした。また高い質の荷主の仕事をおこなうことが必要であることに気づき、低い評価の荷主に対しては上司と相談のもとで取引条件の交渉もおこなった。責任感と自覚が出てきたといえる。以上の結果から、後継者層を支える人材となっていくスタートをきることができた。
(5)A社における今後の課題
運送業者が増加し、受注単価の下落が続く中で社員に対する「ビジョン」を示すことが必要である。そのためには経営者・管理者の生き方や考え方がしっかりしていないと「ビジョン」の内容も不明確になる。経営者・管理者の生き方につながった明確な経営ビジョンと経営計画・利益計画が設定され、乗務員も含めて自分が何をすべきかが具体的になっていく。そしてこれに基づく真のコミュニケーションが生れるのである。A社でもその推進はまだ課題として残っている。
また目指すべき内容はできたが、現実問題として乗務員評価の結果をどのように伝えるか、年1~2回の評価を継続することができるかなど、課題は残っている。経営体質の改善は、人の改善であり、人の改善は人の心の改善である。日常のコミュニケーションの積み重ねが信頼関係の土台となる。その関係があれば評価結果も受容でき、正しい方向に導いていける。人づくりの徹底を図ることが必要である。
図表1
図表2 損益の推移 (単位:千円)
※表をスクロールできます
平成14年度 |
平成15年度 |
平成16年度 |
|||||
金額 |
構成比 |
金額 |
構成比 |
金額 |
構成比 |
||
営業収益 |
236,351 |
100.0 |
231,323 |
100.0 |
225,556 |
100.0 |
|
運送費 | 人件費 |
94,331 |
39.9 |
90,296 |
39.0 |
87,687 |
38.9 |
燃料費 |
25,752 |
10.9 |
25,945 |
11.2 |
27,441 |
12.2 |
|
傭車費 |
18,962 |
8.0 |
17,326 |
7.5 |
15,708 |
7.0 |
|
その他 |
63,898 |
27.1 |
64,907 |
28.1 |
62,014 |
27.4 |
|
計 |
202,943 |
85.9 |
198,474 |
85.8 |
192,850 |
85.5 |
|
営業収益総利益 |
33,408 |
14.1 |
32,849 |
14.2 |
32,706 |
14.5 |
|
一般管理費 | 人件費 |
19,767 |
8.4 |
18,805 |
8.1 |
18,234 |
8.1 |
その他 |
13,953 |
5.9 |
13,607 |
5.9 |
13,880 |
6.2 |
|
計 |
33,720 |
14.3 |
32,412 |
14.0 |
32,114 |
14.2 |
|
営業利益 |
△ 312 |
-0.1 |
437 |
0.2 |
592 |
0.3 |
(全日本トラック協会「経営分析報告書 平成16年度決算版」より)
図表4
図表5
図表6