2025/05/21

探索を通じた新事業開発


探索を通じた新事業開発

新たな事業の種(アイデアや人材)と出会っても、それを事業として育て上げることは決して容易ではない。優れたアイデアであっても事業化に至らなかったり、企業にないノウハウを持つ人材が入社しても、組織に馴染めずに離職してしまうケースは少なくない。そのため、新事業開発においては、先行事例を探索し、そこから学びながら進めていくことが重要となる。

本稿では、新事業開発のための情報収集である「探索」活動に焦点を当て、その進め方と具体的な事例を紹介する。

1.企業における探索の意義

(1) 探索の目的

探索とは、新たな事業、新たな機能を求めて、足を使って同業者や異業種、得意先や仕入れ先、さらには展示会や大学、研究機関などを訪問し、聞いて、見て、触れることであり、いわゆる先行事例研究である。
企業における探索の意義として、創造経営では下記に位置付けている。

探索は新たな事業創造・事業開発を行うための下地となる活動である。自社よりも優れている企業や新たな取り組みにチャレンジしているところ、自社と異なる取り組みをしているところなど、得意先や仕入先、同業者などのネットワークや出版物やネットで探して訪問調査を行う。そして自社と異なる技術や機能、考え方など、どうしてこうなっているのか、なぜそうなっているのかと疑問を追求し、それを繰り返すことで新たな事業、機能のヒント・チャンスを得ることが出来る。

2.中小企業における探索の状況

中小企業の探索の状況について中小企業白書の統計データを見ると、十分に実施出来ていないことが見て取れる。

このデータを見ると、従業員規模が大きいほどイノベーションを実現している企業が多い傾向にある。
多額の資金を投下し内部に研究開発機関を有する大企業のイノベーション実現割合が高いのは当然であり、研究開発にそこまでのリソースを割けない中小企業は、大企業とは異なる方法でイノベーションを行っていくことが必要である。その一つの方法が「探索」による先行事例研究である。

新製品・新サービスを軌道に乗せていくにあたって、人材不足が課題として「大きい」「やや大きい」と回答しているのが 86.0%、情報不足が課題と回答しているのが 61.9%と、資金よりも大きな課題となっていることが分かる。
この情報不足を埋めていくための活動が探索、という位置づけとなる。

3.探索を通じた新事業開発の事例

(1) A 社の事例

①A 社の概要

A社は電気工事業を本業としており、顧客は官公庁・ゼネコン・エンドユーザーと特定のセグメントに依存することなく、幅広く対応できる営業力・技術力を有している。また電気工事以外の事業として、室内環境改善製品を自社開発し、その販売代理店を全国に有している。

②新事業立ち上げの経緯

そのA社において、他社を定年退職し電気制御に精通しているB氏が入社してきた。電気工事と電気制御は似て非なるもので、分かりやすく言うと、電気工事は回路や配線などハード面の工事がメインで、電気制御は電気を制御するためのプログラムなどのソフト面がメインとなる。
A 社においては電気制御を担える人材がこれまでいなかったため、近くて遠い電気制御の分野には参入できずにいたが、B氏の入社を機会に、電気制御の分野への参入に挑戦することとした。
新たに電気制御部門を立ち上げ、電気工事部門でエンドユーザーをメインにしていた管理者 C 氏を部門長に据え、B氏と C氏の 2 名でスタートした。

③電気制御事業の立上げ時の困難

電気制御事業はなかなか軌道に乗らなかった。理由は幾つかあったが、大きくは下記2点である。

1) B氏は優れた技術者だが、B氏に依頼してくる企業は大企業の工場がメインで、A社の本業である電気工事が参入する余地のない企業ばかりで、かつ、人工仕事で採算も良くなかった。電気工事で入れない大企業を中心に事業を進めていって良いのか、判断が難しかった。

2) 電気制御分野の人材を育成するのに、何から学ばせるべきか分からない。特にプログラミングの言語がメーカーによって異なる部分があり、そのメーカーに特化させて育てて良いのか、判断しきれない部分があった。

 

これらの問題点を解決するために、電気制御事業のベンチマーク企業からヒアリング調査をまずは実施してみることとした。ベンチマーク企業の選定は、室内環境改善製品の販売代理店のなかで電気制御事業を運営している企業が複数あったため、そこから同等規模の 3社を選定し、ヒアリング調査のお願いをした。調査は部門長 C氏を中心に行い、この 3社は県外企業であり競合になりえないこともあって、惜しみなく情報を共有してくれた。

 

④ヒアリング調査の概要

ヒアリング調査の概要は下記のとおりである。基本的には社長と事業部長の 2名にヒアリングを実施することができた。

⑤ヒアリング調査の結果

ヒアリング調査の結果、特に判断の難しかった事業方針と人材育成方針について、下記の情報を得ることが出来た。

⑥調査結果をうけて

調査結果をまとめていくなかで、部門長 C 氏の電気制御事業に対する懸念点、悩みが大分解消され、中期事業計画に落とし込むことが出来た。現在はその事業計画に沿って事業を運営しており、人員数も 5名まで増加、損益分岐点もクリア出来る見込みであり、一つの柱となっていくことが期待される。中期事業計画において、方向性が出せないでいた事業方針と育成方針は下記のとおりまとめられている。

以上が、探索を通じた新事業開発の事例である。探索を通じて得た情報を基にしながら、自分たちの強みを活かしていくことを軸に置きつつ、事業方針も成功するパターンを共有できていたこと(電気制御はあくまで一つのアイテム)で、事業の方向性も皆で共有しながら議論を進めることが出来た。やはり内だけの情報で事業開発を進めることは難しく、探索を通じて外から情報を得ながら、事業を構築していくことが重要であるといえる。

以上