参加型で事業を生み出す企業化計画

- 取締役・事業部長
- たかはし ともひで
参加型で事業を生み出す企業化計画
現代の経営には、管理型経営から脱却し、参加型経営への転換が不可欠である。日本企業は過去の成功体験や管理型の思考に縛られることで、顧客や市場の変化への対応力を失っている。この状況を打破するには、全社員が組織の目標に共感し、自律的に行動する参加型経営を実現する必要がある。前川製作所のように顧客密着型の企業化計画を導入し、新たな価値創造に取り組む姿勢こそが、企業の未来を切り開く鍵である。経営者と社員が一体となり、個々の特性を活かした真の参加型組織を構築することが、これからの企業の存続と成長を左右するのである。
1.管理型経営では限界
慶應義塾大学の岩尾俊兵先生によれば、失われた 30 年の原因は、戦後復興で物も金も人もないところに、人(無限の知恵や工夫)を活かして価値創出した日本の素晴らしさを見失ったからだという。バブル以降、投資(資本)で金を生み、人をコストとして見て人件費を抑制し、有限なもの(物や金、資源や市場も)を奪い合う管理型の経営に走ったというのである。
また前川製作所の前川正雄顧問によれば、市場、社会の変化に対応して、現場により近い最前線(組織神経の末端)が敏感に機能するよう、意思決定権限の委譲が必要だという。大量生産時代の管理型組織ではこうはいかない。市場や社会は個別化しており、その変化を掴むことは容易ではない。
管理型を強化していけば、言われるままで自ら考えない、自分から言い出さない、ある意味居心地がいい、そういう人しか残らない依存的、従属的、保身的な集団となる恐れがある。反対に参加型を目指し、組織の目的に共感し、帰属意識をもち、全体観の中で個が生かされる、成長への負荷はかかるが人が成長する主体的、連帯的、能動的な組織を目指したい。
新たな事業を生み出すためには、管理型によって陥るチャレンジ精神の喪失、慢心、過度の楽観、過去の成功体験の呪縛、新たなものを認めない、セクショナリズムの蔓延、既存事業からの抵抗、組織内の政治プロセスによる疲弊する、新しい市場の将来性や可能性の軽視など、経営トップや幹部がその芽を摘んでいることに気づかなければならない。
2.参加型経営のモデル事例
(1) 一般に言われる参加型の手法
参加型の取り組みとして一般的に考えられるのは、TQC(トータル・クオリティ・コントロール)やファシリテーションがある。それぞれ参加型で現場や製品・サービスの改善・改良、職場の活性化に効果的であると言えよう。
参加型で意見を出し合ったり、分析的・統計的アプローチによるQCD(品質・コスト・納期)等の改善効果をある程度実感しつつも、経営者とすれば人材の成長や組織そのものの体質改善を期待する。中堅・中小企業では手法を駆使できるような人材をどう生み出すかという課題もある。
また、新たな事業を生み出すためには、分析的アプローチや意見集約を積み上げた先に、刻々と変化する環境に対して組織的・財務的な制約を抱えながら、戦略的な意思決定をする難しさもある。
(2) 株式会社前川製作所の事例
同社は産業用冷凍・冷蔵装置の分野で「無競争」のトップシェアを確立しているメーカーである。
創業時の冷凍機の輸入・設置から、製氷業への参入、そして冷凍機メーカーへの事業拡大と2度の大きな事業領域の革新を図っている。2度の脱皮を経た当時は、事業部制や部課制であったが、「市場(顧客)ごとのニーズに合わせて、ものを造る」という価値観のもと、独立採算制で大幅に権限を委譲し、企画・設計・開発・営業・サービス等を1つの組織で行う体制を敷いてきた(詳細後述)。部分のスペシャリストではなく、市場(顧客)の全体を俯瞰することで、タコツボ化せずにゼネラリストの集団で発想ができるようにするためである。
顧客と一体になって潜在的ニーズを探り、製品化するという顧客密着型事業展開を図っている。産業用冷凍機械の製造という「モノ」中心から、熱の総合エンジニアリングという熱の動きをコントロールするという「コト」の発想へと視点を転換し、大きく発展するきっかけとなった。市場の需要を創造し、エネルギーコンサル分野、食品エンジニアリング分野などにおいて新たな事業領域を確立している。
このように脱皮を繰り返した参加型の経営の手法(前川製作所のメンバーの生き方や働き方そのもの)に「企業化計画」がある。
3.参加型経営のカギ~企業化計画
(1)事例にみる参加型の特徴
前川製作所の事例を深堀してみると、以下の①~③に整理したように、企業化計画を活かしながら、顧客に成り切り(棲み込み)、独法(独立法人)という組織形態により、新たな製品・サービスや事業を生み出す参加型経営を実現してきていることが分かる。
① 「企業化計画」と呼ばれる戦略立案プロセスは、文字どおり「企業を構築し事業基盤を確立していく」という意味である。第一段階は環境認識と固有の立場の理解、第二段階は企業化のイメージ、第三段階は企業化の方向性、第四段階は重点課題と実行計画の策定を行う。このアプローチは従来の市場分析的な戦略計画とは全く異なる。社員一人ひとりが独立した意思決定を行い、それぞれの理想の企業像を実現するために組織に参加するのが本来の姿である、という前川製作所の信念がある。企業化計画は、徹底して顧客との接点における経験から得られる知識を総動員して立案されることが特徴である。各個人は自身の能力を注ぎ込むことで、経験を具体的な形に変え、企業化計画に結晶化することで自らも進歩していくのである。企業化計画は、社員自身が全体の関係の中における自らのポジションを認識するうえで重要なものなのである。
② 前川製作所では、実際に顧客の現場を凝視し、顧客の現場を知ることから始める。顧客ニーズや課題への解決策は言語化することが難しいためである。ただ単に顧客のところへ行くのではなく、顧客になりきって顧客の立場から物事を見ることが前川製作所の社員には求められる。 顧客の現場で経験をともにすることで、求めている製品機能とは何かを、潜在的・暗黙的な側面まで含めて体感し、それを開発に組み入れていくのである「現場に出向く」ことが、顧客と一体となり直接的な体験を共有するためには重要であると考えられている。顧客とじかに接し、五感を総動員して無意織に共感する。「顧客にぼやかせろ」という言葉もある。顧客が持つ不平不満や障害要因をありのままにすべて吐露させ、顧客と本音でわかりあえる状態を作り出すことである。顧客と何回も話したり、現場を回ったりしているうちに、ぼんやりとわかってくるものがある。独法社員全員が顧客の課題やニーズを、それぞれの見地から吟味し、議論して、顧客の真のニーズに対して製販技一体で多様な視点に立って企業化計画を立案・具体化していく。
③ 前川製作所では業務プロジェクトごとに「独法(独立法人の略)」という組織を作ってきた。それぞれ 10〜15 人の社員からなり、特定の地域や食品、産業用冷蔵装置、エネルギー関連サービスなどの分野に分かれて企業化計画を展開してきた。一つの独法が市場との関係を深めていくにつれて、新しい市場に行き当たり、新しい独法がスタートする。個々の組織は環境に応じて独自の組織を構築する自由度が与えられ、独立採算制で、開発、設置、販売、マーケティング、保守、会計、人事など一連の機能を持つ。独自の戦略を描き、投資計画を立て、独自の製品を開発・販売し、人事管理を行う。独法形成の目的は、小集団組織によって事業環境変化への感受性を高め、すべての社員が持てる能力をフル活用する組織を構築して、イノベーションを推進することである。顧客と直接接する現場に最も近いところに場を作り、そこで意思決定を行うことにより、顧客からニーズと知識を素早く吸収し、状況を体感して迅速に意思決定を行う。
(2) 創造経営の企業化計画の特徴
創造経営の企業化計画では、前川製作所の新たな製品・サービスや事業を生み出す参加型経営のポイントを活かしながら、「並行して自己革新を図る」ことにより参加型の組織づくりに取り組んでいく。
企業化計画のプロセスのスタートで創業の精神を掘り下げることを行う。
1)創業の精神(経営目的)
2)環境変化(顧客とその先の環境変化)
3)固有の立場(その企業特有の差別化要因)
4)なっていたい姿
5)そのための重点事項
6)実行計画と計数目標を具体化していく流れである。
特に 1)~4)は何度も最初に立ち戻ってメンバーに共有のものとしていく。
トップのタイプや経営体質の状況によっていくつかのやり方があるが、創造経営がファシリテータをつとめ、トップと一対一で企業化計画のミーティングを行いなっていたい姿を描く場合もあれば、トップと幹部数名が一堂に会して行う場合もある(トップとなっていたい姿を詰めた上で、幹部に展開する場合もある)
最終的には、プロジェクトや部門等のセグメントで行うことを目指していく。
※本ガイド 第Ⅱ部.「3.事業創造を担うリーダー育成のための HQM」の事業創造型リーダーによる取り組みイメージ
創造経営の企業化計画の特徴を整理すると次の 3 点となる。
① 企業化計画では、「取り巻く環境から自分を捉える」ことが必要となる。顧客や市場の中に置かれている自社、相手が何に困っているか、何を求めているか、言葉にならないニーズは何か、それに対して我々は何ができるのか、どうしていったら良いのかを議論しなければならない。様々なことに気づいたり、事業を生み出すのはその人の企業家精神や個人の資質によるところが大きいが、それだけではなく、「深化と探索」により、取引先を歩いてその声を聞いたり、先行事例研究を行うことで事業を生み出す可能性を高めていく。
※「深化と探索」については、創造経営 2022・2023 年マネジメントガイド筆者担当箇所参照
② なっていたい姿は、創業の精神や固有の立場を踏まえて構想していく。創業の精神では、企業の歴史や成長要因だけでなく、経営者の生き方・働き方、歴史(個人の背景であり、代々連なる流れからみた潜在的な特性)にまで深堀を行う。これによりその企業における固有の立場(その企業特有の差別化要因であり、付加価値の源泉)も関連性をもって浮かび上がってくる。時間の流れの中に身を置いて、何のための組織か(経営目的)を感じながら、個人の「なっていたい」から、組織の「なっていたい」を描いていく。真の参加型となっていくためには、個としての目線や今現在の目線からでなく、目的に共感するプロセスが欠かせないのである。何よりもトップ自身の見方の転換や腹固め、そして使命感を確立するプロセスでもある。
③ 真の参加型となっていく上では葛藤も生まれる。
そのプロセスで、創造経営教育システムを入り口とした自己革新の取り組みを、個人で行うのではなく集団フォローを用いる。自身の課題に向き合い、自己革新への実践を行う者同士が、お互いの状況を発表するときに周りのコメントを貰う。これにより周り(環境)から見た自分をみる視点(自己客観性)が身に付いていく。さらに自己の課題の本質もオープンにする仲間同士という意識がその集団の場の力を醸成してゆく。企業化計画を参加型チームにしていく上で、集団フォローでの相互理解がメンバーの基盤となる。合理での合意形成を超えて相互の特性を生かし合うチームとなってゆくのである。
※創造経営教育システムと集団フォローについては、創造経営 2024 年マネジメントガイド第Ⅲ部参照
4.まとめ
参加型で新たな事業を生み出すポイントをみてきたが、個が叫ばれる社会、市場も個別化する時代だからこそ本当の意味で個を生かしきらなければならない。創造経営では個人を時間の流れの中で見ていく。家庭において、親子、代々の夫婦という川の流れが合流し、今の自分がある。この視点で個に棲み込んで、流れからみたその特性、その人だけが持つ個性をみて発揮していくこと、個に足らざるものは相互に補完し融合し合い、創造的な人と組織づくりに取り組んでいる。この取り組みが企業化計画を通じて、組織に真の参加型のチームを生み出し、顧客と一体となって新たな事業を創造していくことを目指している。
従来の経営計画の策定プロセスでは、方針の部門展開、部門の積み上げから全社の目標の実現の合意形成とコミットメントに取り組んでいるが、これらの経営計画のプロセスに企業化計画やその要素を取り入れて参加型への充実を図って頂きたい。
2024年 11 月からスタートした創造経営大学校大学院においては、事業創造と生命力創造を並行したプログラムで、家のエネルギーを事業創造のエネルギーに転化していく家と企業の企業化計画に取り組んでいる。
以上