創造経営理論と知識創造理論

- エグゼクティブマネージャー
- こだま ようた
はじめに
本稿では、「創造経営理論」と企業におけるイノベーション実現に関する「知識創造理論」の関係性について論じている。両理論は共に企業をイノベーションへと導くことを目指すものであり、知識創造理論は創造経営理論に具体性を与え、一方で創造経営理論は知識創造理論を実践する上で人材育成の観点を加えることで肉付けする。その共通点や相違点を概観することで、両者の相補的な関係を考察する。
1.創造経営理論と知識創造理論
企業において、いかにイノベーションを実現するのか。イノベーションは、学問的には、「組織学習」との関係が深い。それは、イノベーションも組織学習も、「知の探索、知の創造、知の蓄積利用というサイクル」を内包しているからである。このサイクルのうち、「知の創造」を初めて理論として描き切り、世界的にも認められた理論が一橋大学名誉教授野中郁次郎先生の「知識創造理論」である (野中, 1990)。
知識創造理論と、我が「創造経営理論」はどのような関係性にあるのか。知識創造理論の研究における、その問題意識や着眼点、研究のプロセスをたどってみると、この理論は、創造経営理論に具体性を与える。また、創造経営理論は、知識創造理論を実践する上で、とくに人を育てる観点を加えることで肉付けする。
本稿では、両者の共通点や相違点を概観することで、2つの理論が共に企業をイノベーションへと導くことを目指すものであり、その実践のために相補い合う関係にあることを示す。
2.知識創造理論の概論
知識創造理論は、「暗黙知」と「形式知」の相互変換プロセスこそが、価値を創造する源泉であり、競争優位の源泉になることを経営学ではじめて提唱した理論である。
この理論では、言葉や数式で明示できる「形式知」と言葉や数式では明示できない人の経験値のような暗黙知」が動的に相互作用するプロセスこそが、組織的イノベーションの基本原理であるとする。
そのプロセスを「共同化(Socialization)」「表出化(Externalization)」「連結化(Combination)」「内面化(Internalization)」という4つのプロセスの頭文字をとり、SECI(セキ)モデルという形で示している。その特徴は、当時主流であった「情報=処理するもの:受け身」というアプローチではなく、「知識=人がつくるもの:主体的」という「人の創造性」に着眼した点である。

野中先生は、主に 1970~80 年代の力強かった日本企業の研究を通じて「日本的経営」の見直しと、普遍の可能性と限界を明らかにしようとした。例えば、日本企業が元気だったころは「ミドル」がパワーを持ち、上下のバランスをとりながら、組織全体の中核にいたことが日本企業の力強さの一因であったと指摘した。他方、製品開発活動で数多く実践されている知識創造の活動が、企業の戦略や組織全体のレベルで活用されていないことが弱点であることを指摘している。(野中・竹内,1995)
また、知識を生み出すために重要なものとして、人と人との関係性の最小単位である「1対1の関係性」である「ペア」に着目している。一人一人が、暗黙に感じ取ったニーズや思いの本質を、「コンセプト」にするためには、主観を持った者同士が関係性の中で、相互作用しあい、「我々の主観」を醸成することが鍵としている。「徹底的な対話」などを通じ、意味付け、価値づけ、言語化することを通じて、一人一人の思いにも影響を与え、相互の成長にもつながる。ホンダの「ワイガヤ」、「JAL 再生のプロセス」の本質はここにあるという。組織の中で知識が「創造」される、合理性だけでは捉えられないプロセスを描いたのが、SECIモデルである。これは、変化の激しい経営環境において重要な、企業の自己革新能力の創造も説明することができる組織的なイノベーションのプロセスといえる。
この SECI のプロセスは、一度回転すればよいわけでなく、何度も繰り返され、スパイラルアップすることによって、個人、集団、組織、社会の暗黙知、形式知が拡大再生産されて豊かになり、新たな価値が持続的に創出される。そして、このプロセスを駆動するために欠かせない、リーダーシップの内容も示している(野中,2020)。
3.創造経営理論と知識創造理論の共通点と相違点
つづいて、2つの理論の共通点と相違点を概観しよう。

(1) 問題意識
まず、両者の問題意識は、なぜ企業に差がつくのかである。創造経営理論では、倒産する会社と持続発展する企業の差異に着目し、知識創造理論では、成長する企業とそうでない企業の違いに着目した。特に1980 年代の日本企業の躍進を中心に研究がされた。
創造経営理論では、倒産企業の立て直しの実体験より理論を打ち立てていったが、知識創造理論では、野中先生が既存の戦略論における企業と環境の関係性の捉え方、企業と情報との関係性の捉え方に限界を感じ、理論を構築した。両理論共に 1980 年代までの学問において、人の側面が十分に扱われないことに対し、新たな理論構築を目指した。
(2) 企業に差がつく要因
こうした初期の問題意識に対し、創造経営は倒産企業に共通する要素として、3つの組織化が欠落していることに着目した。企業を生命体として動的に捉えた場合、重要な要素は、①外部社会経済の組織化:外部社会経済に対して、先見的、動態的に変化適応する意思決定がされ、柔軟な目標と組織によって着実な企業行動が展開されていること、②人的組織化:メンバーの意思疎通組織が確立し、各人が自主的潜在能力を開発し、目標を達成しようという動機づけが行われていること、③経営機構の組織化:トップを中心として、全体の意思が統一され、全部門が機能集団として、有機的に連携し、ダイナミックに行動していることである。倒産企業にはこれらが欠けているのであ。
他方、知識創造理論は、既存の戦略論が、環境決定的、すなわちポジショニングで勝ち負けが決まるという理論や、または内部の資源を有効に活用することで差別化の要因が決まるという理論を乗り越えようとした。戦略論を代表する 2つの立場のどちらでもなく、未来をつくる、すなわち、「人が知識を生み出す」という観点や、「環境をも生み出していく力」こそが差別化の要因になるといっている。
(3) 理論構築のアプローチ
2つの理論の共通点は、科学一辺倒の限界、すなわち、科学が扱わない(扱えない)「人の主観」的な要素に着目した点である。両理論共に、西欧的な二元論ではなく、矛盾を含め、生み出していく、弁証法的な視点、創造や、争わず、受け入れていく、伝統的な日本の価値観にも着目し、その弊害も含めて論じている。
そのような問題意識から創造経営理論は、人の合理、不合理だけでなく、合理を超える合理として、超合理を定義した。知識創造理論はマイケル・ポランニーの暗黙知という概念から着想し、暗黙知と形式知の相互作用こそが知識創造の源泉であると考えた。
創造経営理論も「無意識」に着目している。これを扱うことは結局、人とは何かについて、明確にすることが必要になる。真の意味で人を捉えるために、人とは「個別」ではなく「動態的」に捉える必要があると位置付け、発達心理学の知見を取り入れ、また、生命の連続の場である「家」に着目している点が特徴である。知識創造理論では、フッサールの「現象学」的な思考法や、相互作用を深く理解するためにホワイトヘッドに代表される「プロセス哲学」の視点を取り入れている。
(4) 関心の中心
両理論共に、知識創造や結果としての企業の永続を超え、世の中を良くするという点は共通である。しかし、背景が異なるため、そのアプローチは異なっている。創造経営理論は倒産企業の建て直しが背景のため、「個人人格」をいかに「組織人格」に高めるか、すなわち「人間性の向上」について深めている。それに対し、知識創造理論は、「知識」そのものに関心があり、「知識が継続的に創造される組織のプロセス」を明らかにすることが関心の中心であった。
(5) 静態でなく動態(ダイナミック)
両理論共に人を扱う為、「静態」ではなく「動態」である点を強調する。創造経営理論は、個ではなく、動態連続するものとして人を見る。生命論の知見もとりいれ、「全であり個でもある」「二の関係」等に着目している。知識創造理論も、知識は「プロセス」であり「相互作用」であるとして、哲学の現象学やプロセス哲学の知見により説明している。それでも、両理論ともに生み出しの本質は、個ではなく、周囲との関係性、つながっており、動態的である点に理論の中心がある。
(6) リーダーが生み出す「目的」の重視
さらに、両理論とも、経営者(リーダー)の果たす役割が極めて重要という点が共通である。その要件として、創造経営理論はバーナードの「道徳的創造性」や「倫理」の考え方を援用している。知識創造理論においては SECI を継続的に回すには、リーダーの示す目的や駆動目標がエンジンとなる。そして、リーダーに必要な知として、アリストテレスの「フロネシス」という概念を用いている。道徳的創造性もフロネシスも、「全体の善(共通善)のために最善のふるまいを見出す能力」であり、経営者の人間性の開発を鍵としている。その中で創造経営理論はその開発の手法をもっていることが特徴といえる。
(7) ミドル(中核人材)の重要性
知識創造理論では「ナレッジアクティビスト」の存在が鍵であり、一般的な役職で言えば「ミドル層」の役割を強調している。トップダウンでもボトムアップでもなく、ミドル・アップダウン・マネジメントという考えを示している。創造経営理論においては、経営者を補完する中核人材の育成が、企業永続の鍵としている。
(8) 場(創造場)の重要性
「場」の重要性を説く点も共通である。特に「ペア」の重要性を両理論ともに説いている点は面白い。創造は、二人の関係性から生じてくるという点である。創造経営理論では、ペアによる人材育成、一緒に成長する、「自他一如」といった関係性、夫婦の重要性を説く。知識創造理論では、顧客との場に「棲み込む」「共感(相互主観性)」「本質直観」といった概念で、新しい知識が生み出される関係性を説明している。本質的には相手と一体となり生み出していく点が、両理論において共通である。
(9) 成果物
創造経営理論では、経営に「時間」の視点を含めて捉える「経営収支四勘定」学説を入り口として、創造者の育成を目指す創造経営教育システムや、企業の経営体質を改善していく、ホロニックマネジメント実現システムや KD 調査等を生み出した。また「生命」の考え方を援用し、理論の充実を図ろうしている。知識創造理論の SECI モデルは、世界的に認知された理論であるが、商品や製品の生み出しにとどまらず、知識資産が生み出される仕組みを説明するものとして、様々な活用が今後も期待されており、理論も磨き続けられている。
4.創造経営大学校と SECI モデル
知識創造理論の SECI モデルは、商品や製品の開発にとどまらず、人の暗黙知を引き出し、高める理論として、様々な応用ができる。例えば、「創造経営大学校」における「使命感の醸成」も、SECI モデルである程度説明できる。

家系調査分析への取り組みは、イノベーションに取り組む中核人材に対する教育として理にかなっていると考えられる。創造経営大学校での実践は、個人の使命感の開発のプロセスである。イノベーションの疑似体験とも言え、事業の開発に援用できると考えられる。創造経営における「生命力開発」や「使命感の覚醒」は、知識創造理論では、現象学で言うところの「意味づけ」「価値づけ」の変化と説明できる。
一方で、SECI を回していくためには、「互いに個を越えながら我々の主観をうみだす力」「顧客と共振・共感・共鳴しながら本質を直観する力」をもった人材である「ナレッジアクティビスト」の存在が必須とされているが、彼らをどのように育てていくかという点は、知識創造理論では、触れられていない。しかし、創造経営理論でいう「創造者」がナレッジアクティビストに相当すると考えれば、人が個人人格から組織人格へと成長し、創造者になる仕組みを示すことができる点で、創造経営理論は知識創造理論を肉付けするといってよい。
以上で見てきたように、創造経営理論も知識創造理論も細部は異なるものの、人に着目し、そのあり方を考え抜き、世の中を良くすることを志向している理論である。両理論の補完性、親和性を踏まえ、今後も、創造経営理論と知識創造理論をいかに融和し、企業に適用していくかを研究していきたい。
【参考文献】
以上