2015/03/31

【運送業改善5】運送業の事故削減に向けた採用・教育プロセス整備

皆さんの会社では従業員の採用・教育に関して、ルールやプロセスが整備されていますか。そして、経営層の方々は把握していますか。

優秀な人材が獲得できない、誰が採用の意思決定をしたのかと揉めるということはよくあることですが、日頃から得意先と接したり、日常業務を行っているのは従業員ですから、良くも悪くも従業員の質が会社の信頼等に関わってきます。

 このように人材の採用・教育というのは品質問題と密接に関わっており、全ての業種に共通する課題です。

今回は、運輸業を事例として取り上げ、事故削減に向けて過去の事故分析や、採用から単独運行に至るまでのプロセスなどについて現状把握を行った事例をまとめています。

 

 Ⅰ.A社の概要と課題

(1)A社の概要

 A社は、年商約30億円、従業員数150名、車両80台を保有する物流企業であり、運輸・倉庫事業に従事している。主として加工食品・飲料・雑貨の大型幹線輸送から多品種・少量物流まで対応し、通関・保管・荷役・流通加工・配送までの一貫物流を展開している。

(2)A社の抱える課題

A社は、これまで荷主の要請に応えるため、事業分野を拡大しながら、規模の拡大を図ってきた。それに伴い、複数の部門、営業所が開設され、徐々に本社管理から部門・営業所管理に移行されていた。また、車両を遊ばせないために、新たにドライバーを補充しては、売上を確保するといった経営を行っていた。

 このような背景もあって、徐々に事故が増えるようになり、あわや大惨事につながりかねない事故も多発していた。

Ⅱ.現状把握

 (1)事故状況

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 図表1は、過去5ヵ年の10万キロあたりの事故率であり、経年で見ると徐々に減ってきてはいる。図表2は直近2ヵ年に絞って、事故件数や勤続年数3年未満のドライバーが起こした事故件数などをまとめたものである。

 図表3を見ると、両年とも勤続年数3年未満のドライバーが起こした有責事故件数の割合は全体の約7割にも上り、そのほとんどが勤続年数1年未満のドライバーであることがわかる。

(2)採用~教育訓練プロセスの現状フロー(本社・営業所間/営業所別)

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次に、当該企業において採用・教育(新人)を主に担当している安全管理部と営業所、トップ層が採用から教育に至るまでどのように関わっているのか、一連の流れを整理した(図表4)。また、各営業所間の採用・教育プロセスの違いを見るため、2つの営業所の所長にヒアリングを行い、概要をまとめた(図表5)。

Ⅲ.課題の整理と対策

(1)課題と対策

現状のフローと営業所別のフローから課題とそれについての対策を考えると以下のようになった。

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 ポイントは、全体を通じて、今まで以上に社長・副社長が採用・教育プロセスに関与することにある。今は、1件の重大事故が発生しても、経営責任が問われる時代である。これまでのような営業所任せの取り組みではなく、経営トップの安全に対する姿勢や取組が重要になる。

 また、トップ層の売上重視の考え方が各所長に浸透し、「売上を上げるために、車両を遊ばせておけない」→「コンプライアンスや採用基準が甘くなる」→「結果的に事故が減らない」→「売上が上がっても利益が出にくい」という悪循環が生まれる。このような負の組織風土も改善していかなければならない。

(2)改善の優先順位

 短期的には、①採用から教育までのプロセスを固めること、そして、②その運営の土台となる当社の求める人材像を明確にすることがスタートである。

事故の少ない優良物流企業は、中長期的な視点からこのような考えを取り入れており、それを10年、15年と続けているため、各企業の差別化要因となっている。

 また、新人研修は3回に分けて行なわれる予定が、管理部の業務が詰まっていることもあり、現状1回しか実施されていない。新人研修を実施したからといって必ずしも事故が減るとはいえないが、まずは予定通りにやりきってみてから結果を見るという方法も考えられる。これと併行して、事故統計データを分析したり、安全会議などでの検討事項も踏まえて、カリキュラムの見直しを随時図っていく。

 また、中長期的な視点で見ると、指導員制度の導入も大変有効である。国土交通省が実施した「運輸企業の組織的安全マネジメント手法に関する調査研究」においても、優秀企業の共通点として、教育専属の指導員が常駐していることがあげられている。

(3)A社のその後と対策の取り組み状況

 今回の内容をトップ層に報告し、問題点の共有を行った。その結果、採用・教育関係の管理を担当する安全管理部の業務の棚卸や新人研修の日程・カリキュラムの見直しについては実行に移されている。

Ⅳ.A社の事例から学ぶこと

 ここまでA社の事例を見てきたが、この事例から学べることは大きく3つある。

(1) 徹底した現状把握による、改善対象の絞込み

 誰が、どのような事故を起こしているのか、なぜ起こしているのかを、データや事故報告書から読み解く。そのときに、部門別・営業所別・勤続年数別・事故類型別などのカテゴリーに分けて、クロス集計を行うと新たな発見があるかもしれない。今回の事例では、勤続年数別しか掲載していないが、実際は上記のように色々な角度から事故分類を行った。また、単年だけではなく、時系列で見ることも重要である。

 いずれにせよ、現状把握を徹底的に行い、そこから見えてくる問題点について、集中的に対処しなければならない対象を絞ることがスタートである。

(2)マネジメントシステムの機能を知る

 マネジメントシステムとは、簡単に言えば社内におけるPDCAサイクルの仕組みである。運輸業であれば、安全衛生委員会などの会議が行われているところが多いであろう。そのような場で事故の真因が明らかになっていて、適切な対策は取られているだろうか、あるいは以前起こした事故に対する対策の取り組みの進捗は確認されているだろうか。また、教育の場面でも同じように、誰が、どこまで教えたのか、誰が最終的に単独運行の是非を決定するのか、などを明確にしておく必要がある。

 また、今回のように入口である採用から出口の教育部分について、フロー分析を行うことも重要である。特にトップがこのプロセスにあまり関わっていない企業では意外と自社の現状を知らない場合が多い。

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(3)組織を動機付ける

 新しいことをやることは、とてもストレスの掛かることである。そのため、これをやるとこのような効果があるのだという”やりがい”を見出すことが必要になる。今回の場合、新人教育のプロセスが見直されてきているため、事故費の削減目標を掲げ、動機付けするとともに、さらに一連のプロセスが確立されたあとは、費用対効果を算出する予定である。

 また、責任者の素質として、周囲とコミュニケーションが取れ、周りを巻き込みながら問題を解決していくリーダーシップも欠かせない。

 中堅・中小企業の場合、良くも悪くもトップの考え方、心意気がそのまま組織に表れる。先に上げた「運輸企業の組織的安全マネジメント手法に関する調査研究」でも、優秀企業に共通するのは、安全に関する費用を「投資」と考えて予算組みをしている、社内資格や、認定を受けた社内指導員が存在し、同乗個別指導が行われている、トップ自ら事故惹起者との面談などを行うことなどである。

 当該企業の場合、荷主の要請に応え続けるため、規模の拡大を図ってきたことで、ある程度採用基準を下げてでも欠員を確保し、遊休車両をなくすような風土が出来上がっていた。この事例からも、いかにトップの考えが組織行動を左右するかが分かっていただけるであろう。

 今回上げたもの以外にも、事故の要因は拘束時間や給与の問題など、色々なものが絡み合って複合的に起こっている。

 しかし、事故削減については、今回のように現状把握(事故統計・フロー分析)から改善に注力すべき対象を明確にし、さらに、運営責任を明確にして実行し、フォローをしていくという流れを抑えることが重要である。

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