2014/12/04

組織を革新させる経営活動 ~小集団活動の改善ストーリーを通して(QCストーリー)~

目まぐるしいスピードで変化している外部環境に対して、企業もその変化に対応していかなければ永続していくことは困難です。企業の変化の一つに、既存のビジネスモデルから新たなビジネスモデルへ転換することがあげられます。今回は、このビジネスモデルの転換を、経営革新チームによるプロジェクトの実施を通して推進していったA社の事例を紹介します。

1.事例企業A社(小売業)の状況

①小売業を取り巻く環境

 今回の事例は、日用雑貨品類の小売業を営むA社である。日用雑貨品類の市場は、長引く景気の停滞に伴う購買意欲の減退、主要売り場である百貨店・チェーンストアの不振等に伴い、長期的には減少トレンドにある。

図表1 百貨店売上高推移

  ※出典 日本百貨店協会資料より作成

図表2 チェーンストア 日用雑貨品類 販売額推移

※出典 チェーンストア協会資料より作成

②事例企業A社の状況

 ①のとおり厳しい環境のなかで、A社の営業利益率は低下傾向にあり、既存のビジネスモデルに限界を感じ始めていた。そこでA社は5~6年前から、これまでのメーカー商品に依存した販売方式を改め、自社ブランドによるオリジナル商品の企画・販売に転換していくことで、利益率の改善を図っていくこととした。

しかし、オリジナル商品の開発を進めても、なかなか売上を伸ばすことができず、売上目標として年間1億5千万円を掲げていたものの、現状の売上高は1億円に届かず、メーカー商品を売り込む従来の販売方式から抜け出せずにいた。

③オリジナル商品の販売が伸び悩んでいた原因

■営業課長(セールスリーダー)の意識改革の遅れ

  オリジナル商品の販売が伸び悩んでいた原因として、既存の販売方式(=人気のあるメーカー商品を仕入れ、見栄えの良い場所において、積極的に接客すること)から脱却しきれなかった点が一つある。「既存の販売方式から脱却する」と言葉にするのは簡単だが、これは容易いことではない。ブランディングされていない商品を売り込むより、確実に売上が見込めるブランド化されたメーカー商品を売りたくなるのが現場である。

  この現場の意識を変えるうえで鍵を握るのが、図表3に示した営業課長6名である。

図表3 販売に関する組織図

 各店舗で指揮を執るのは各店長であり、その店長が積極的にオリジナル商品を売る意識に変わらなければ、現場は売りやすいメーカー商品を今まで通り売ることになる。従って店長の意識を変えることが必要だが、その店長を管理しているのが6名の営業課長である。しかし、その営業課長自身もまだ売りやすいものを売る、という意識から抜け出せずにいた。この営業課長たちが本気でオリジナル商品を売る、という意識にならないと、現場が変わることはありえない。従って、この営業課長6名の意識改革が課題となっていた。またこの6名は次世代の経営を担う人材であり、彼らの更なる成長はA社にとって必要不可欠なテーマでもあった。

 ■オリジナル商品を売るための仕組みが不足

  オリジナル商品が伸び悩んでいた原因として、オリジナル商品を売るための仕組みが不足していた点も挙げられる。A社は既存の販売方式を管理するための仕組みは充実していた(例:個人別日次販売実績データ、週報、教育研修制度 等)ものの、それに対しオリジナル商品の販売を促進する仕組みの整備は遅れていた。

このとおり、オリジナル商品の売上を伸ばすうえで課題となっていた『現場の意識改革の遅れ・オリジナル商品を売るための仕組みの不足』を解決するために、営業課長を中心とした改善チームを組織化し、『オリジナル商品 販売改善プロジェクト』をキックオフすることとした。

2.プロジェクトの成功ポイント

 プロジェクト形式による改善活動は、多くの企業で取り入れられており、経営課題を克服していくような素晴らしい成果を生むプロジェクトがある一方で、明確な成果が出せずに終わるプロジェクトも多く見られる。その成功と失敗を分けるポイントについて、下記にまとめた。

図表4 プロジェクトの成功ポイント

①立ち上げ段階

■プロジェクトの目標

   プロジェクトの目標は分かりやすく、かつ、何をどこまでやれば良いのか明確にすることが望ましい。この目標が、実際の活動段階において、プロジェクトメンバーの判断基準となるためである。

■責任者のリーダーシップ

  プロジェクトが円滑に進むかどうかは、プロジェクト責任者のリーダーシップに大きく依存する。プロジェクトを円滑に進めるためには、社内外の様々な利害関係者の協力が必要になってくる(むしろ必要でないなら、プロジェクト化して取り組むほどの課題ではない)。その協力を得るためには、責任者自身が周囲から尊敬され、サポートされるような人間性を備えていることが必要である。

   どのプロジェクトにおいても責任者に求められるのは、縦の関わりである。上で言えば経営者、下で言えばプロジェクトメンバーである。経営者の思いをよく理解することで、経営方針における本プロジェクトの位置づけが鮮明になり、その方向に向かって進めようとするからこそ、経営者からのバックアップが得られる。そしてメンバーに対しては、このプロジェクトの意義を分かりやすく自分の言葉で伝え、理解してもらうことが求められる。これは一見当たり前のようだが、上と下のどちらかが抜けるケースは極めて多く、そういった場合はプロジェクトも失敗に終わっている。

■プロジェクトメンバーの選定

   プロジェクトメンバーの選定も重要な鍵を握っている。課題をクリアするために必要な知識・スキル・経験・権限を持ち、かつ、コミュニケーション能力を有した人材がメンバーにふさわしい。しかし実際には、そうした必要な能力を備えた人材が揃っているケースはまれで、プロジェクトと同時進行で育成していく場合がほとんどである。プロジェクトの責任者は、人材育成の必要性も理解しながらメンバーと関わることが求められる。

■スケジュールの設定

  プロジェクトに必要な内容を洗い出し、いつまでに何をどうやって、というスケジュールを作成する。スケジュールはプロジェクトの開始から終了までを描いたロードマップ(道筋)であり、実際にプロジェクトを運営していくうえでの基礎となるものである。

②実行段階

■改善ストーリー

   プロジェクトの進行は、図表5に示した改善ストーリー(改善の基本)に沿う形で進めていった。行き当たりばったりの活動は労多くして実が少ない。基本に沿って、目標に対して課題となっていることを明らかにして、その中でも特に重要な項目を絞り込んで分析を行い、対策を打つ、といった一連のプロセスを丁寧に押さえていくことが重要である。

図表5 改善ストーリー

■PDCAサイクル(モニタリングシステムの構築)

  プロジェクトが当初予定していた通りに進むことは、まずないと言っても過言ではない。大小問わず必ずイレギュラーな事態が生じ、その対応に迫られる。そのため、進捗状況の確認は小まめに行うことが必須で、またプロジェクトメンバー全員で情報を共有化する仕組みを設けることが必要である。

目安としては週単位でプロジェクトの責任者にメンバーから報告・連絡・相談がされる仕組みを構築し、進捗状況と効果について管理責任を持たせる。この仕組みが抜けると、現場任せになってしまいがちで、プロジェクトのスピードも上がらないケースが多い。プロジェクト責任者に管理責任を持たせるには、管理するためのモニタリングシステムが必要なのである。

■役割分担

   役割分担とは、5W1H(特に「誰が、何を、いつまでに、どうやって」がポイント)を決定することである。この設定が曖昧だと、プロジェクトのスピードは上がらない。メンバー一人一人に管理責任を負うべき活動を明確にすることが重要である。

■コミュニケーション

  最後にコミュニケーションだが、実はここが最大のポイントになる。実行段階の成功ポイントとして「改善ストーリー」「PDCAサイクル(モニタリングシステムの構築)」「5W1H」を紹介してきたが、この3つはプロジェクトを適切に動かすための仕組みであり、その仕組みを円滑に動かすのが責任者とメンバー間でのコミュニケーションである。

メンバーのモチベーションがプロジェクトの成否に関わることは、プロジェクトマネジメントに関する多くの研究で報告されている。プロジェクト責任者は常にメンバーの状況を気にかけ、困っていることや悩んでいることがないか、もしあるのであれば、その解決に動かなくてはならない。任せっ放しでは絶対にうまくいかない。基本はメンバーの話をよく聞くことである。

A社は上記のポイントを押さえつつ、プロジェクトを進めていった。次の章ではこのポイントに沿って、A社の事例を紹介していく。

3.A社の事例

①立ち上げ段階

■プロジェクトの目標

A社は本プロジェクトの目標を、「オリジナル商品売上高1億5千万円の達成」とした。経営計画上でも同様の目標を立てており、プロジェクトが経営方針に沿ったものであり、かつ、経営計画を実現するためのプロジェクトである、と分かりやすくアピールするため、同額の目標とした。またそもそもプロジェクトのキックオフ時点では達成の見込みがなかった、という点も挙げられる。

 ■責任者のリーダーシップ

本プロジェクトは図表6にあるとおり、営業部長、営業課長6名の計7名で進行することとなった。責任者は営業部長である。営業部長は調整能力に優れた人材で、経営者と密にコミュニケーションを取り経営者の思いを理解し、そのうえであるべき姿を描ける能力を有していた。

また営業課長とのコミュニケーションは、プロジェクトが正式にキックオフするまでに数回の打合せを行い、会社の未来とプロジェクトの関係性、その重要性を営業部長の言葉で伝え続けた。

図表6 プロジェクトチーム

 ■プロジェクトメンバーの選定

本プロジェクトのメンバーである営業課長6名は、それぞれ5~6店舗管理しており、プロジェクトで決定したことを現場に展開するうえで、大きな鍵を握っていた。裏を返せば、これまでオリジナル商品の売上が伸びなかったのは、彼らの意識がメーカー商品の販売から抜け出せていなかったことも大きな問題であった。

そこで営業課長全員をプロジェクトメンバーに据えて、彼らの意識がプロジェクト運営を通じて変わることで、現場の意識改革に結びつけていく、ということも狙いであった。

  ■スケジュールの設定

後述する改善ストーリーに基づき、調査分析~改善活動~効果測定~標準化、という流れで、それぞれをいつまでに実施するか、スケジュール化した。

 ②実行段階

■改善ストーリー

○STEPⅠ 目標設定

先述したとおり、「オリジナル商品売上高 1億5千万円の達成」

○STEPⅡ 要因分析

・ブレーンストーミング

要因分析の1歩目として、「なぜオリジナル商品売上高は毎年目標に到達しないのか」というテーマ(課題)に対して、ブレーンストーミング(注1)を実施し全店舗から課題の抽出を行った。

(注1)ブレーンストーミングとは…

①批判をしない、②沢山がいい、③発展や結合をOK、④改善や組合せを歓迎する、といった基本ルールのもと、意見をできるだけ多く、細かく(具体的に)抽出することを目的とした話し合いをいう。

・特性要因図

①で各店舗から上がってきた膨大な案を、図表7のとおり、特性要因図にまとめた。

図表7 特性要因図

 その後、特に問題が大きいと考えられるものを検討し解決すべき課題を絞り込んだ。その結果、「売り場力」「目標達成力」「接客力」「販売支援」の改善にターゲットを絞り込むこととなった。プロジェクトではこの4つの大きな課題に対して、営業課長を4つのチームに分け、担当者を決定した。

・系統図法

 ②において、絞り込んだ課題に対して、系統図法を使ってなぜその問題が起きているのか、図表8のとおり深堀りを行った(なぜなぜ分析)。

図表8 系統図法

○STEPⅢ 処置対策

 系統図法で重点課題に対する取組内容が具体化されたら、次は何から取り組むべきか、その優先順位を決定した。

図表9 処置対策(優先順位の高かった取り組み)

優先順位を決めずに網羅的に取り組もうとしても、リソースには限りがあるため限界がある。限られたリソースを特に必要だと考えられる取組に集中的に投下するために、取組内容の評価が必要になる。評価は「効果及び実現可能性」の2つの観点より実施する。

 その取組内容の優先順位が決まった後、役割分担を行う(詳細は後述する)。

その後、STEPⅣ 効果測定、STEPⅤ 標準化と移っていく。

■PDCAサイクル(モニタリングシステムの構築)

プロジェクトメンバーによる打合せは月2回、その他メールでのやり取りにより、週単位でのモニタリングシステムを構築した。

 ■役割分担

取組内容について優先順位を決定した後、各チーム内においてメンバー間の役割分担を行った。各自5W1Hを設定し、全員で合意した後、それぞれ活動を進めていった。

  ■コミュニケーション

責任者は自発的にメンバーに関わるとともに、定期的に飲み会を開くなど、インフォーマルの付き合いも大切にしていた。

4.プロジェクト結果

3の活動を取り組んできた結果、オリジナル商品売上高1億5千万円の目標に対し、2億円を超える売上高を達成し、想定以上の利益改善成果を得ることとなった。

本プロジェクトが成功した要因として、3の活動の中でも特に効果的だった内容について、下記の点が挙げられる。

①プロジェクトの成功要因

■営業課長たちの成長

   営業課長がオリジナル商品を販売することの意義を深く理解し、会社の方針と自分たちの取り組むべきことが明確に繋がったことで、オリジナル商品を販売することの意義を深く理解し、自分の問題としてプロジェクトを積極的に推進していった。その結果、現場の末端まで巻き込んだプロジェクトとすることができた。

  ■営業部長のリーダーシップ

   営業課長の成長を導いたのは、営業部長が熱心に本プロジェクトの意義を営業課長たちに何度も説明をして、かつ、営業部長自身が先頭に立って行動見本を示していったことが大きい。営業部長のリーダーシップなくして、営業課長の成長はなかった。

 ■経営者層のバックアップ

   プロジェクトの目標自体、そもそも経営計画の一部であり、経営方針とプロジェクトが完全に一致していた点も大きい。そして経営者層はプロジェクトの推進に対して、そのバックアップを惜しみなく行い、プロジェクトが進めやすいよう配慮していた。その結果として各階層で目標が一致し、その目標に向かって一丸となることができた。

 ②今後の課題

  今後の課題として、プロジェクトによって軌道に乗り始めたオリジナル商品の販売を、更に推進していくことが求められる。2年度目を迎えたA社では営業課長6名に本プロジェクトの調整役を任せ、プロジェクトの推進メンバーを営業課長の下の層であるリーダークラスに任せることで、更に全社的な展開へと進めている。また営業部長を含む経営者層はプロジェクトの最高意思決定機関である推進本部を組織化させ、本プロジェクトを経営の中心に明確に据えることで、その重要性を社内に強くメッセージしている。

最終的には各店舗における「オリジナル商品の販売力強化」をテーマとした小集団活動へと展開していくことが期待される。その取り組みを通して、現場のスタッフ一人一人がオリジナル商品の販売に日々知恵を出すようになったとき、本当に新たなビジネスモデルに生まれ変わることになる。

今回はその初年度について紹介をさせて頂いた。

以上