2015/08/25

新築住宅営業における目標達成に向けた先行管理

Ⅰ.事例企業A社の概要

住宅営業は、お客様との出会いから契約に至るまで、初回面談、資金計画提示、イベント参加等、いくつかの営業プロセスを経由して進められます。この営業プ ロセス一つ一つを丁寧に積み重ね、当社の商品コンセプトを理解して貰い、お客様の信頼を勝ち取り、契約という一つのゴールにたどり着くことを目指します。 今回は、新築部門の営業プロセスの進み具合を見える化し、先行管理を導入することを通じて、営業力強化に向けた取り組み事例を紹介します。

1.住宅産業が直面する環境変化

A社は売上高約9億円、従業員25名、注文住宅の建築・販売を主な事業とする工務店である。

昨今、A社の取り巻く環境変化のうち、最も重大な影響を及ぼしたのが平成26年4月から施行された消費増税である。この消費増税は、A社のみならず、住宅産業界全体に対しても大きな影響をもたらしている。

全国の新築住宅着工件数は、図表1に示す通り、平成22年度から平成25年度にかけて増加傾向にあったが、平成26年度は前年度比△10%と急減している。特に平成25年度は消費増税を見据えた駆け込み需要が生じ、その反動として平成26年度にかけて急激に消費マインドが冷え込んだことを意味している。なお、平成26年度後半においては、政府による景気刺激策の影響もあり多少の持ち直しの動きを見せるも、依然として厳しい環境が続いている。

(図表1) 新築住宅着工件数と前年比率の推移

※ 出所:国土交通省「住宅着工統計調査」より

2.A社の営業状況の推移

このような外部環境の変化の中、A社においても消費増税後の契約率は、急激にダウンしており、立て直しに向けた抜本的な対策が必要とされている。図表2は、A社の平成24年度から3期間における集客数、契約棟数及び契約率の推移を示したものである。

(図表2)新規客に対する契約率

上記3期間の推移を見比べても平成26年度は全てにおいて数値がダウンしており、消費増税の影響が及んだことが読みとれる。

しかし、平成26年度においては集客数自体が減少した影響もあるが、注目すべきは契約率である。A社の契約率は平成24年度17.6%、平成25年度18.2%と続き、平成26年度は10.7%にまで急激に低下している。この契約率の低下は、本当に外部環境の影響のみと結論付けて良いものであるかどうか、図表1の新築住宅着工件数の推移を見ても平成26年度は確かに前年比10%近く減少しているが、それでも数自体は平成24年度並みの水準であるため、A社の契約率の低下の程度が、外部環境の悪化という点を考慮しても下がりすぎていないか、という疑問が残る。そこで、次の通り営業プロセスごとの進捗率を分析し原因の究明を行うこととした。

3.営業プロセスの区分と進捗率の分析

新築住宅営業は、完成現場見学会や展示場への集客を中心とした新規客との出会いからスタートし、ゴールである契約に至るまで、通常は数カ月もの時間をかけながら、初回面談、資金計画提示、イベント参加等、いくつかの営業プロセスを経由して進められる。そして、契約というゴールに向かって、管理客を次のプロセス、またその次のプロセスへと進める過程で、徐々に当社の商品の良さを知って貰い、家づくりに対する思いと準備の時間を共有することで、お客様との信頼を深めていく。A社の営業プロセスの概略は図表3、各プロセスの内容は図表4を参照頂きたい。

(図表3)A社の営業プロセスの概略

(図表4)A社の営業プロセスの内容

プロセス 内容
集  客 紹介、完成現場見学会、資料請求等をきっかけとして、当社の管理客となる。
初回面談 お客様と営業マンとの間での最初の面談となる。2時間程度の時間をかけ、お客様の家づくりに対するご要望を伺い、当社の商品コンセプトのプレゼンが中心となる。
資金計画 初回面談を経て引き続き商談を継続できる場合に、次にお客様の予算に応じた大まかな資金計画のプランニングを行う。
イベント/セミナー 実際の施行現場、各種セミナー、宿泊体験に来場して頂き、当社商品の理解を深めて頂く。
設計申込 設計図面の作成に入る段階で申込を受ける。
見積提示 設計図面が完成し、プランが固まった段階で見積書の提示を行う。
契  約 見積内容について合意された場合、契約に至る。

 

A社にとっての営業プロセスは、上記に示す通り、プロセスそのものは十分に整理されている状態にある。とすると平成26年度の急激な契約率の低下はどこに問題が生じたのか、その原因を把握するために、各プロセスの進捗率についてデータを収集し、分析を実施した。なお今回は、当社の主だった集客手段である完成現場見学会を源泉とする新規客を対象とした。(もともと契約率が高い紹介客や、入口の段階では契約率の低い資料請求客は分析対象から外している)

分析を実施した結果は図表5の通りである。

(図表5)完成現場見学会を源泉としたお客様に対するプロセス進捗率の推移

D社_表

(各年度 上段は件数(人)、下段は集客数に対する割合(%)を表示している。)

プロセス進捗率の推移を分析すると、まず、平成25年度において完成現場見学会を源泉とする集客に対する契約率は僅か8.5%であることが分かった。更に、平成26年度においては、2.9%にまで低下している。平成25年度は、増税前で外部環境が良好であったにもかかわらず、完成現場見学会で集客したお客に対しては、前年度の契約率を下回っている。

プロセスの中身を分析すると、平成25年度はプロセス前半の「資金計画」までは概ね平成24年度と変わらないが、プロセス中盤「イベント/セミナー」において前年と比べて大きく低下している。更に、平成26年度は「初回面談」から大きく低下していることが分かる。つまり、年を追うごとに、プロセス前半で次のステップに進めなくなっている状況がデータに表れており、A社の営業力が衰退していることを示唆している。

4.問題点の整理

以上のような事象が生じた原因について調査分析したところ、以下の2点について対策が必要な問題点であるとまとめられた。

①営業チーム新任管理者への引継ぎが十分でなかったという問題

A社は、平成26年度より社長が交替し、会社組織全体の若返り進んでいる。その一環として、平成25年度から営業チームの管理者がK氏からN氏へと替わり、従来K氏が営業チームのマネジメントを実施していたところ、N氏がこの役割を担うこととなった。このとき、K氏からN氏へのフォローが十分になされなかったため、N氏から適切な指示が発せられない等、日常的なマネジメントが十分に機能していないことが判明した。

この問題については、新任管理者の経験不足を補うべく、十分な引継ぎ準備と引継ぎ後のフォローが必要であったが、新任のN氏任せとなってしまったことで、営業チームのマネジメントシステムの弱体化に及んだ。

②中間プロセスの目標が明確でなかったという問題

従来、A社の営業チームが目標として打ち立てている指標としては、「月別の新規集客件数」、「設計申込数」及び「契約件数」という営業プロセスの入口と出口の指標のみであり、例えば、「資金計画」等の中間プロセスに関する目標が設定されていなかった。そのため、各営業マンが中間プロセスの実行に向けた意識が曖昧な状況であったことに加え、営業チームの管理者が中間プロセスの実施状況に関して、十分であるかどうか判断することができなかった。(例えば、「資金計画」が1カ月で6件提出された場合、6件で十分であるか否かの判断ができない。)

Ⅱ.改善対策

上記の問題点に対して(1)新任営業管理者の再教育及び(2)営業プロセス管理表の導入という2つ対策を実施した。

(1)新任営業管理者の再教育

下記(2)で詳述する営業プロセス管理表の導入に合わせて、新任の営業チーム管理者N氏に対し、従来の管理者であったK氏より再教育が施されている。

すなわち、営業チームの管理者として日常的に部下からどのような報告を受けなければならないか、部下への指示の出し方、モニタリングのポイント等、マネジメントシステムが機能するために必要な管理者としての職務について、再びK氏が営業チームに加わり、お手本を見せながら指導している。これにより、下記、営業プロセス管理表が導入されることによって期待される改善効果を相乗的なものにできる。

(2)営業プロセス管理表の導入

まず、中間プロセス目標が設定されていないという問題に対する改善策として、営業プロセス管理表を導入した。営業プロセス管理表のポイントは次の3点である。

  • ポイント1:営業プロセスのうち、重点的にモニタリングしなければならない指標の決定
  • ポイント2:重点的にモニタリングしなければならない指標に対し、月別目標を設定する
  • ポイント3:営業チームの月別目標を個人目標へ割り当て、行動レベルでの目標実績管理を行う

◆ポイント1:営業プロセスのうち、重点的にモニタリングしなければならない指標の決定

従来、目標実績管理の対象としていた「新規集客件数」、「設計申込数」、「契約件数」の3指標に加えて、中間プロセスについても目標実績管理の対象とすべく、特に重要なプロセスは何かを検討した。その結果、「初回面談数」、「資金計画」、「セミナー参加数」、「展示場の宿泊体験数」を新たにモニタリング指標とすることを決定した。

◆ポイント2 重点プロセスごとに営業チームとしての月別目標を設定する

ポイント1において決定した指標に対し、プロセスごとの月間目標件数を決定する。その際、過去の統計データを分析し、1カ月あたりに必要な契約件数を確保するためには、各重点プロセスを何件実施すれば良いのかという観点で決定した。

例えば、過去に資金計画を提出したお客様の約50%は契約に結びついているというデータがとれている場合、月間契約目標件数が3件であるなら、重点プロセスの「資金計画」は最低でも月6件は確保しなければならない。

◆ポイント3 営業チームの月別目標を個人目標へ割り当て、行動レベルでの目標実績管理を行う

営業チーム全体として立てた目標は、営業マン個人に割り当て、個人目標として明示する。そうすることで、営業マンの行動意欲を押し上げ、結果として契約率を向上させることにつなげる。ポイントは、必要な行動をしっかり実行してくれれば、結果は後からついてくるという考え方である。そして、重点プロセスの実行への動機づけを行い、プロセス進捗率を高めていく過程で、苦手なプロセスが浮き彫りになったときは、改善に向けたアドバイスを送る。

例えば、資金計画提示後、セミナー参加率が下がっている営業マンは、資金計画を提示した後にお客様が逃げていることを意味するため、資金計画の提示内容の工夫、セミナーの誘い出し方のロープレ実施等、弱点の補強に向けたトレーニングを行う。

以上のポイントを踏まえ、各営業マンは現状の手持ちの管理客一人一人に対し棚卸しを行い、契約までの想定スケジュールを立て、重点プロセスに従って次月以降の見込みを立てながら検討する(3カ月先行管理の実施)。

営業プロセス管理表導入後間もなくは、3カ月先を見込むことが困難であると想定されるため、まずは当月と翌月の見込みを立てることからスタートする。徐々に予測能力を高めてから、2か月先、3カ月先の先行管理を実施する。見込件数が目標件数に届かないことが予測される場合、営業チームで対策を検討する。

このように中間プロセスという行動レベルの目標実績管理を行うことで、毎月安定的な契約獲得に向けた行動を促すことを目指す。

A社において導入した営業プロセス管理表は図表6の通りである。

(図表6)営業プロセス管理表

※11月の実績数値が出された12月中旬時点の数値である。

Ⅲ.改善効果

上記、改善対策実施後、僅か半年間しか経過していないが、次のような改善効果が生じている。

1.新任管理者N氏の管理者としての意識及び指導力向上

K氏が営業チームに再び関与し、立て直しに向けた取組みをN氏と一体となって進めたことで、マネジメントシステムが再強化されている。そのことに加え、N氏の管理者としての意識が一段と向上し、まず、N氏自身の営業成績が飛躍的に改善している。

N氏の平成27年度(半年間累計)のプロセス進捗率は図表7下段に示した通りである。図表7では、図表5(現場見学会を源泉とした当社全体の平成26年度の数値)と比較しているが、全ての指標においてプロセス進捗率が上昇している。特に平成27年度は初回面談の強化を推進したため、18件の集客数に対し17件の初回面談に至っている。

このように管理者N氏が営業数値で行動見本を示すようになると、管理者としての指導力も向上する(他の営業マンがN氏のアドバイスを聞き入れる)ため、営業チーム全体への波及効果が期待される。

(図表7)B氏のプロセス進捗率に関する2期間比較

(各年度、上段は件数(人)、下段は集客数に対する割合(%)を表示している。)

2.行動レベルでの目標明示による営業マンの意識改善

図表6の各月の計画欄に示された数字は、営業マンの個人目標として落し込まれる。すなわち、営業マンとしては、契約という結果に向かうための行動レベルでの目標が明示されることにより、プロセスを一つ一つ踏んでいこうという意識が醸成される。つまり契約をとるためには何をやれば良いのか焦点が絞られたということである。現状、N氏以外の営業マンについては、N氏ほどの飛躍的な成果は出ていないが、K氏、N氏が粘り強く浸透させることで、徐々に営業チーム内において意識の高まりが見られる。

3.数字に基づく対策案の検討材料となる

例えば図表6においては、12月から3月までの各プロセスの見込み数値が計画に達していない。見込み数値を計画に近づけるためには、どう対策を打つべきか、経営層の視点からも対策案の検討材料となっている。

これまでにおいても将来の営業対策は検討されてはきたが、目標及び見込みという数値に基づくものではなかったため、今後実施する対策が目標達成に向け十分であるかどうかの視点は不十分であった。

4.営業マンごとの弱点把握の根拠となる

各営業マンのプロセス進捗率を分析すると、営業ごとのクセが見えてくる。例えば初回面談率は高いがその後のプロセス進捗率は低い営業マン、初回面談率は低くともその後のプロセス進捗率は高い営業マン、また、最後のクロージングが苦手で最終版の契約率で下がってしまう営業マン等、個人の特性がデータとして表れるため、自己改善に向けた課題が明らかとなる。

Ⅳ.まとめ

営業力を強化するためには、スタートである集客から契約というゴールに辿り着くまでの間をいくつかのプロセスに区切り、全プロセスの中でどのプロセスがボトルネックとなっているか探し、対策を実施することが効果的である。

今回のA社においても、プロセスを整理し、ボトルネックの改善に向かうこととなる。その過程の中で、個人レベルでのプロセス目標を明確にすることからスタートした。例えば、「1カ月の間に契約2件」という漠然とした目標を見せるよりも、「今月5件の新規のお客様に会ってくる」という実現可能で具体的な目標を見せる方が営業マンのモチベーションも上がり、更には契約に向けた地道な積み重ねの実行に繋がっていく。

その上で、具体的な行動の中身の改善に取り組んでいくことで、より営業力を強化することを目指していく。以下、本事例のポイントを整理する。

  1. スタートである集客から契約というゴールまでの営業プロセスを明確にする。
  2. 営業プロセスごとの営業チーム全体の目標を設定する。
  3. 営業チーム全体の目標を個人レベルでの目標として設定する。
  4. プロセスのうち、ボトルネックとなっているプロセスを分析し、ボトルネック解消のための対策を検討する。

本事例では、営業プロセス管理表というモニタリングの仕組みを整備することが中心となったが、結局は仕組みを運用できる人がいなければ当初想定した効果は得られない。そのため、新たに構築した仕組みを運用し、チームのマネジメントに活かせる人がいるか、いなければどのように育成するという観点も重要なポイントである。

Ⅴ.A社の今後の課題

A社において営業プロセス管理表を導入したことは、営業チームの管理者が、自社の営業力が機能しているかどうかを数字上でモニタリングできるようになったという点で大きな意味がある。

しかし、ここから本当に営業力の改善に踏み出すには、「集客」、「初回面談」、「資金計画」といったプロセスの進捗率そのものを高めていくことである。そのためには、初回面談におけるプレゼンテーションの内容が現状のままで良いのか、もっと当社の良さを知って頂くにはどうすればよいのか、更にはお会いした最後に次のお約束を頂いているのか、といった観点からプロセスの中身の改善が必要となる。

そのためには営業マン自身の教育が最も重要なポイントとなる。先述したように、営業マンごとの苦手なポイントを明確にし、課題克服にむけた指導やロールプレイングを中心としたトレーニングを実践し、個人レベルでのボトルネックを解消していく必要がある。

究極的には、集客したお客様全員と契約できるようになることである。継続的な改善活動を通じてプロセス進捗率を鍛えていくことが、外部環境に影響されない営業力の構築につながっていく。