2015/03/31

【運送業改善2】小集団活動を入り口とした管理者育成(運送業のQC活動)

 企業の成長や変革、外部環境への適応において「管理者」の果たす役割の重要性は多くの経営者が理解しているでしょう。しかし、「管理者をどのようにして育成するか」となると、明確な答えを持っている企業は少ないのではないでしょうか。「困難を通じて育つ」これも1つの側面ですが、全てと言うわけではありません。今回は管理者育成への組織的な取り組みについて考えます。

 

1.管理者育成の考え方

 管理者の育成というと、階層別の研修を行ったり、人事制度からの取り組みがあります。それらもなく、本人の自己流や経験から学ぶというやり方を実行させている(?)企業もあるでしょう。しかし、これだけではメンバーを新しいことにチャレンジすることに仕向けたり、組織の抵抗がある中でも変革を推進していき、結果として与えられた目標を実現していく管理者を計画的に育てていくことは難しいでしょう。

管理者の育成はそれ単体で考えるのではなく、経営目的の実現につながる構想の中に位置づける必要があります。そして経営課題の解決や組織の成長と一体として取り組んでいくことが有効です。

今回は「頻発する事故・クレーム削減」を入り口とした小集団活動により、末端の社員までを組織化する中で、管理者も育ち、組織が活性化し、課題も解決していく一石三鳥をも目指す自動車運送事業者の取り組みと、その中でぶつかった壁、今後の課題をみてみます。

 

2.A社の概要と取り組み結果

A社は、約100車両を保有する自動車運送事業者です。小集団活動に取り組んだ結果、3年間で大幅な事故率の改善、保険料の削減を実現しました。取り組み時と比較し、事故率・保険両共に約4割改善しています。しかし、現在、事故率は下げ止まり、目標である業界トップ水準にはいたっていません。

 

【図表1 事故率の12ヶ月移動平均推移】


 

【図表2 保険料の年間支払額の推移】

小集団活動の推進体制は以下のとおりです。

 

【図表3小集団活動の推進体制】

 

○トップミーティング

経営者層と本社管理者

○コアメンバーミーティング

経営者層の一部と本社・営業所の管理者

○本社・営業所ミーティング

管理者(本社および営業所)のサークル活動。本社チームと営業所チームそれぞれでテーマを持ち、活動

○リーダー会議

営業所ごとに実施。班長クラス20名~30名を各営業所で1~2グループに分け実施。

○チームミーティング

班長クラスを核に6~7名のチーム(計約30チーム)を編成。

 

3.A社の取り組み

(1)A社の構想

A社の構想は、既存のマネジメントの仕組みを「理念の実現に向けて、各部署・階層間における信頼に根ざしたコミュニケーションにより、方針・目標を達成するためのしくみ」にまで高めること。また、「企画開発、営業、車両管理、運行管理、運行、人事労務、教育訓練、会計、情報(IT)などの経営の機能を、個別および連携して機能させ、PDCAサイクルを回せる」ようにすることでした。そのために、この仕組みの実行の受け手となる「小集団活動」という”場”をつくり、”5人に一人のリーダーづくり”と、文化(価値観、行動様式)を根づかせていくことを目指しました。

 

(2)小集団活動を開始した経緯

重大事故が起きてしまったことが、安全マネジメントを充実させるきっかけです。2006年に制定された運輸安全マネジメントを適用したことに加え、ドライブレコーダー導入や外部専門家による添乗、事故統計の収集などに取り組みました。安全に関する教育も熱心に行いました。しかし、事故、ミス・クレームが減りませんでした(減っても元に戻る)。経営者が次の一手に悩む中、「小集団活動」を知り、挑戦することにしたのです。

 

(3)現状の課題

A社における小集団活動導入の特徴は、現場末端までを短期間で一気に組織化しようとした点にあります。ドライバーまで含めて200人を超える組織のため、変革のためのエネルギーと導入時の担い手となる管理者層の負担は多大なものになることが予想されました。事実、活動をスタートして3年立ち、ようやく現場リーダーの一部がその意義を理解し、育ちつつある段階にあり、地道な取り組みを継続しています。

管理者が果たすべき責任は仕組みをつくるだけでなく、人を動かし、結果を出すところまでが含まれます。「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」という山本五十六の名言がありますが、その意味は、人を動かすためには1つの方法だけではだめで、いくつもの方法をくり出して、ようやくうまくいく、ということではないでしょうか。しかも、言葉だけでなく、やっているところを見せ、実際にやらせ、それをほめる。これが大事なのでしょう。言葉を尽くしただけでは、心のそこでは納得してくれません。継続することが重要です。

A社における小集団活動導入からの3年間は、経営者層、管理者層がこの考え方への転換を図る期間でした。形式にとらわれず、人が育つ、人が動くために如何に自分が動くかを学ぶ機会であったとも言えます。

 

(4) 管理者の役割

自動車運送事業者における各階層に期待される役割は次の通りです。

 

○経営者層には、部門を超えた調整、顧客など社外との調整、経営管理(諸制度)の強化を図る役割があります。

 

【図表4 仕事と技能のピラミッド】

○上級管理者(部長、所長クラス)には、図表2に示すように5つの役割が期待されます

【図表5 管理者の5つの役割】



○現場管理者(所長~運行管理者)には、「基礎的な管理活動」が期待されます。業務や作業における問題点を発見することとその改善、また班長などのリーダーが小集団活動やメンバーの指導を行うことへの支援をすることです。この経験を積ませることが、上級管理者への成長につながります。

○現場リーダー(事務所業務での主任、ドライバーの小集団における班長など)には、まず自分自身の運行・作業において率先垂範で行動見本を示すこと、班員とコミュニケーションを図ること、小集団のチームミーティングを開催することです。

 

(5)初年度の取り組み

 A社の企業性格診断結果は、”寄生的集団”「個人あっての集団」「リーダー不在」「経営者の意思を下部に伝えるのに苦労」というレベルでした。小集団の組織化にあたっては、「5人に一人のリーダーを育成すること」をキーワードとして活動に取り組みました。

小集団活動の導入期である1年目は、①A社基準行動の明確化と徹底、②ミス・ロスのパフォーマンス指標の設定と改善(走行km当り事故件数・事故費・クレーム件数・賞賛件数など)、③リーダー研修、チームーティング(リーダーとドライバーで構成される小集団)の立ち上げ、を目標として取り組みました。

すなわち、業務管理の基本である、基本の徹底と管理すべき業務プロセスの見える化です

現場のリーダークラスの研修は、コアメンバーが自ら講師となり、学んだことを、自らリーダーに研修する場としました。経営者、管理者層も小集団活動のサークルメンバーとして実際に活動を行いました。

活動スタート後、半年あけてリーダー研修を立ち上げましたが、1年経った結果を見れば、リーダーやチームメンバーの理解はあまり進みませんでした。講師として立つコアメンバー自身の理解の浅さや取り組み姿勢の甘さは、現場にはすぐに見透かされてしまいます。また、そもそも現場と管理者の信頼関係ができていないこともありました。しかし、学んだことは、信頼関係がなければ相手の主体的な行動は引出せないということです。リーダーからあがる不満や要望をはねつけないこと、耳を傾け、丁寧に回答することを繰り返すことで、徐々に前向きな声がでて来ました、何よりも現場と管理者層の間で信頼関係のモトができ、自分が変わらなければ下は変わらないということを身をもって知ることができました。そして理解度のバラツキはともかく、現場末端でミーティングが実施できるようになったことは管理者層の大きな成果でした。

 

(6)二年目の取り組み

経営課題の解決には、コミュニケーション強化だけに取り組んでも結果は出ません。仕事のやり方自体を変える必要があります。例えば事故防止であれば,運転者自身の側面として、心理面はもちろん、運転スキルを高める取り組みが欠かせません。また、事務所の管理体制という側面からも考えなくては片手落ちになります。事故統計の活用、ドライバーからの情報を生かす危険箇所情報やドライブレコーダー等の機器を生かすこと等があります。

A社の2年目の事故率の推移では、2つの営業所の結果に差が生じ始めました(図表3)。これは上級管理者としてのA営業所長が、現場管理者である運行管理者の小集団活動での「業務改善」を、日常における「業務管理」に組み込めたことがあります。業務と小集団活動の一体化です。この成果が営業所長、運行管理者の更なる前向きな取り組みへとつながっていきました。

 

(7)三年目でぶつかった壁

三年間継続することで、小集団活動の形はでき、営業所でも現場末端のチームミーティングの開催が定着してきました。また、既存の経営計画に基づく方針管理と小集団活動との融合もできつつあります。トップが行動見本を継続し、基準創造行動の実践を三年間継続し、仕組みと人の改善を並行したことで、中身のある改善が進みました。その他、トップミーティングの小集団活動として「タスクフォース」を導入し、これまでの後始末とPDCAの強化という支援機能がつくれたことも成果でした。

一方で事故率が下げ止まり、組織性格も十分に高まらなかった理由は「願いにもとづく人材育成」が遅れてしまったことです。創造経営教室には、一年目より経営者層より順番に現場管理者層まで参加できました。しかし、フォローアップが十分にできませんでした。また、本来ならば現場リーダー層まで展開するべきところでしたが、できなかったことは、チームミーティングが思うように成果を挙げられないことにつながったともいえます。これらの原因は、各人の人格能力育成が後手に回ってしまったことにあります。各人の創造経営教室の気づきを、組織として生かせなかったことは大きな反省でした。

 

(8)ペアシステム(マンツーマン指導の仕組み)の展開

月単位のトップ・コアミーティング運営、や小集団活動の運営、また通常業務の指示・報告だけでは、自己開発や動機づけにつながる情報の提供(願い)、特に人格能力の育成がどうしても手薄になります。特に管理者自身の部下を育成する能力を高める機会が不足します。これを、補う取り組みが三年目より取組み始めたペアシステム(マンツーマン指導)です。管理者に求める経営者の願い、期待を受け止めたうえで、周りの状況を見て、人々の気持ちをはかり、「人の行動を促す(人を動かす)」ような情報を相手に配れる(願いをかける)、結果として人を目標実現のために動かすことができる人材を育成します。

A社での取り組みはやや遅れましたが、経営者と上級管理者、現場管理者クラスが目的を共有し続けるために、経営者自身が相手の成長目標にもとづく人材育成計画を作成し、面談を通じ、自らの考えを伝えるとともに、一歩踏み込んで話し、指導する場を持ちはじめました。いずれは、経営者自身をモデルとして上級管理層、現場管理者層がリーダー層に対する育成能力を高めることが目標になっています。

小集団活動の運営において管理者層が、目先や形式に流され、本来の目的を忘れがちになるのが三年目でした。経営者、管理者層の一体化のためにもこの、ペアシステムが機能することが今後の鍵となっています。また40チームにもなる現場リーダーを育成できる現場管理者を育成することが必要です。これがなくして現場末端までの本当の組織化は難しいといえるでしょう。

経営者が構想するべきは、マネジメントシステム、小集団活動、ペアシステムを一体として考え、人と組織を育て、経営課題を解決していく取り組みといえるでしょう。