2015/03/31

【運送業改善1】運送業の職場リーダーの育成

日本経済の低迷や既存の事業の市場が縮小・均衡するなかで、追い打ちをかけるように顧客や取引先の目は厳しさを増しています。企業には、このような環境のなかでも、顧客から選ばれ、生き残るための取り組みが求められています。その一つの条件が、顧客や取引先、さらにその先の利害関係集団から期待されていることに気づいたり、探り当てたりすることです。そして、商品やサービスの質の向上につなげ、俊敏に対応することでしょう。今回はその鍵をにぎる「職場リーダーの育成」について考えます。

 

1.なぜ「職場リーダーの育成」なのか

図表1:商品サービスの質を高めるプラスのサイクル

「明るさ」や「規律」のある職場は、コミュニケーションが良く、改善意欲も旺盛な傾向があります。このような職場では、職場の仕事や管理の仕組みが継続的に改善する正のループが生じています。一人一人が周りに気配りしながら前向きに働く人がそろっていることで、取引先やクレームなどに対する対応が早く、気づきが高い。これが得意先からの更なる信用となり、メンバーの自信にもなり、次の前向きな循環を生むのです。

このようなプラスのサイクルを生みだす鍵は、前向きで、意識の高い「職場リーダー」の存在です。このサイクルは「職場リーダー」次第でプラスにもマイナスにもなりえます。もちろん、「管理者」も重要な役割を担うのですが、現場末端まで方針や施策を浸透させようと考えた場合には、いくら管理者が声をあげても限度があります。現場の仲間の一人である「職場リーダー」が仲間に声をかけてくれるのか、いかに周囲にプラスの影響を与えてくれるかで、方針や施策の実現の程度が変わってきます。

 

 

2.5人に1人の職場リーダーを育成する

明るく、けじめがあり、そして、気づく力の高い職場づくりの鍵は「5人に1人のリーダー」の育成にあります。この「職場リーダー」は任命するだけでは育つものではなく、「育てる」といった要素が必要になります。育成のポイントは以下のとおりです。

図表2:職場リーダー育成のポイント

(1)願いを伝える

どのようなリーダーになってもらいたいか。その人の現状と特性を見ながらマネージャーが作成します。そして本人と合意すること。その際大切になってくるのは、マネージャーが考える向上目標が、より上級の管理者、またはトップと一致していることが必要です。

求められるリーダー像と、どのような具体的な行動を取るべきかについて対象者が理解し、行動に移していくことが求められます。その前提は、上司自身が本人から信頼されていることです。その上で、本人の今の行動を自覚してもらうことです。学んだことによってどのように変えていくべきかを明らかにしなくてはいけません。

(2)実践させる

リーダーが自己改革し行動見本を示していくことが出発点です。研修等を行うと、理屈・理論が先行してしまいがちですが、大切なのは考え方が分かって「実践すること」にあります。実践を通して身に付けて「習慣」にすることであり、常に理論と実践を一体として向上していくことが大切です。特に、学んだことを現場で実践することは、自身の成長だけでなく、それが行動見本となり信頼関係を高め、職場を改善していきます。

次に、一緒になって改善に取り組んでくれるサブリーダー(補完者)を作る事が重要です。一人で職場全体を変えていくことは困難です。サブリーダーと考え方や取り組み内容を統一し、お互いを理解しあえる存在になることにより、更に多くのメンバーを巻き込むことができ、チーム運営の土台が出来てきます。

最後に、職場に秩序を与えていくために、モトへのつながりを重視します。例えば、学んだことは必ず上司に報告します。そして実践していることを報告し、アドバイスを受けること。このことによりリーダー自身の成長が早めるだけでなく、職場の一体感を醸成します。また、上司も報告を受けアドバイスすることが仕事だとの認識を持つことで、上司自身の成長をも促すでしょう。

 

 

(3)職場リーダーの育成を展開する

職場のリーダーの育成のためには、日常業務の場とは異なる「場」を準備することが望ましいです。日々の忙しい業務をこなす中で「願いや期待の理解」・「実践の振り返り」といっても難しいことが現実です。研修や面談など、落ち着いて考える時間を確保する場が必要です。

例えば、「創造経営2015年度マネジメントガイド」で示した「第3部 職場リーダーの12ヶ月」は職場リーダーをゼロから育成する基本的なプログラムとなっておりますので参照してください。今回は、既に組織において任命された職場リーダー層を対象として、「ミス・ロス・クレームの撲滅」を入り口として、行動改善と意識改善を目的とした半年間の取り組みを紹介します。

 

3.A社の概要と取り組みの背景

A社は、関東全域、4つの拠点にて業務を行なう、正社員90名、準社員・パート社員500名を抱える物流企業です(※数値データは加工しており、実際の数値とは異なります。以下同じ)。

A社では、一昨年度より貨物・事故防止対策として、過去の事故内容、データを集約し、重点指導項目並びに目標値を定めていました。その上で、「集中指導体制」として、本社主導による、事故の根絶に向けた取り組みを図ってきました。しかし、その成果を見ると、荷物の取り扱いに関する事故では、重点指導項目において小さな成果はあったものの、発生件数では18件と前年を上回っていました。また、交通事故については、目標値20件に対して52件もの事故が発生していました。

図表3:A社の事故発生状況(抜粋)

その内容は、図表3のとおりですが、特に特徴的だったのは、正社員・パート区分別のデータでした。これまでは、事故の発生件数の大部分がパート社員によるものであり、パート社員への指導に重点をおいていましたが、一人あたりの割合という観点では、総件数は少ないものの、正社員のほうが事故を起こす割合が高かったのです。

そのような背景から、パート社員を指示・指導する立場にある正社員の事故を撲滅し、その中心となる主任・副主任層のレベルアップを通じ、業務の質の改善に取り組むことにしました。計6回の「交通事故防止研修会」を通じ、参加者(各拠点の長、巡回指導者、主任・副主任)が、会社の安全に対する方針や価値観を共有化し、新たな対策を打ち出すことを目指しました。

 

4.職場リーダー層が価値観を摺り合わせる

(1)「基本」を改めて考える

職場リーダーの育成のステップの第一は、「どんなリーダーになってもらいたいか」を伝えることです。効果的にするためには、単に伝えるのではなく、「共通の価値観」を職場のリーダー層に「考えさせる」ことが重要といえるでしょう。

①業務の基本を振り返る

A社では、業務の基本について考え方を主任・副主任の層にて摺り合わせるために、輸送品質(図表4)、五大業務(図表5)、基準行動(行動見本)、事故防止の考え方、について確認しました。これらについて、ディスカッションと発表を通じ、A社における現状を共有化しました。

図表4:輸送品質

1)正確な荷物の受け取り(集荷)

2)指定された場所へ指定された日時に輸送する(適切な配車と運行)。

3)積荷の商品価値をそこなうことなく(商品特性にあった輸送、保管、荷役の技術)、

4)安いコストで(輸送手段の選択、運行の効率化)、

5)荷主、荷受入に良い印象を与えること(接客態度)である。

図表5:五大業務

1)運転・荷役をする(速度、信号、指差呼称、積込、荷卸)

2)車を管理する(始業点検、タイヤ、修理、洗車)

3)荷主(出荷・荷受)信用を高める(挨拶、返事、後始末、洗車)

4)正確な事務をする(日報、タコメーター、受領証)

5)班活動(コミュニケーション)に参加する(工夫、相互啓発)

 

また、事故防止の考え方については、事故の原因の考え方を学んだ後、実際の事故統計分析結果を参加メンバーで話し合うことで、どのような問題が生じているのかを話し合い、共有化しました。

 

②会社の方針の理解(穴埋め問題、ミーティングによる確認、答え合わせ)

職場リーダーの育成においては、職場リーダーが職場の目標を理解していることが重要です。A社では、現場の業務の質だけではなく、会社の方針についても、皆で改めて読み合わせをしました。特に、目標値や重点施策については穴埋め問題の形式にし、わかっているようでわかっていない実態を、これを繰り返し、少なくとも重点施策と数値目標については、何も見なくても答えられるレベルまでにしました。

図表6:方針の穴埋め問題

 

(2)「自分」を知る

どんなリーダーになってもらいたいか、という願いをかける際には、「職務能力」という視点に加えて、「人格能力」にも触れていく必要があります。

A社の研修では、自己のKD-Ⅰ調査結果にもとづき、自己分析を行い、特に自己の長所の掘り下げを行いました。

「人格能力」は一言で言えば、「相手のために」と思える力です。その入口は、相手に関心を持つこと、知ること、理解することです。自分自身を見る目に広がりと奥行きを深めることは、主任や副主任の方にとっては、現場のパート社員への見方、接し方の変化に関係しています。

A社においても、ある主任は、自分がパート社員を好き嫌いで見ていたことに気づいたこと、研修の中では、相手の「基準創造行動」で判断する、ことの重要性を学びました。さらに、なぜ相手がそのような行動を取ってしまうのかを、相手の「背景」を知ることで理解できたという感想を述べています。

また、職場リーダーが自己分析をすることは、自分の補完者をつくることにも役立ちます。自分の補完者育成に何より大事なことは、相手に関心を持つことだからです。相手が、家庭や職場の生活において、どのようなことに興味や喜びを持ち、またどのようなことに不安や悩みを抱えているのかを関心を持って聴くことが重要です。

具体的に言えば、休日はどのように過ごしているのか、どのような趣味を楽しんでいるのか、家族との関係はどうか、職場での人間関係や付き合いはどうか、どんな仕事に楽しみを感じているか、会社や仕事に対する意見や不安はないか、というようなことです。

図表7:補完者育成のステップ

 

5.実践項目に落としこむ

(1)実践項目への落とし込み

職場リーダーの育成の第3のポイントは理屈・理論だけではなく「実践する」ことでした。A社の研修会では、業務の現状分析の結果を受け、対策を立案し、自らが実践する項目まで落とし込みました。輸送品質向上10カ条、輸送品質向上用標語を作成し、今年度方針とも組み合わせ、会社の方針を実現するための指導方法の検討を行いました(図表8参照)。また、KD-Ⅰ、両親の長所、メンバーの長所、自分の長所などに基づき、どのように周囲との意思疎通と意欲を高めるかを「基準創造行動」を基本として、目標設定しました。

図表8:五大業務についての現状と今後の対策(抜粋)

 

(2)自己の内面を一歩掘り下げ、コミュニケーションのスキルを高める

職場リーダーにとって必要なこととして、スキルとしてのコミュニケーション能力も挙げられます。例えば、「ストローク」の考え方を知ることはとても重要です。ストロークとは、人は自分とまわりとの関係の中で自分の位置づけを認識し、動機づけしていく際の人と人との『ふれあいのやりとり』のことです。具体的には、ほめたり、期待をかけたり、話を聴いたり、挨拶したり、感謝したり、叱ったり等がストロークです。このストロークについて、自分のパターンを知り、周囲への接し方の見直しを行いました。

また、事故をおこしたドライバーへの面談を想定し、学んだスキルを活かし、ロールプレイによる客観的評価も行いました。事故やミス・ロスを撲滅していく取り組みのためには、責任追及ではなく、「原因」追求の姿勢が重要です。対象者を反省に導き、再発を防止のために、受け容れ、信頼関係をつくる面談のステップを学びました。

 

6.標準化と積み残し課題

(1)標準化

研修のまとめとして、実施した内容を「事故防止マニュアル」としてまとめました。

図表9:A社の事故防止マニュアル骨子

Ⅰ.理論編

Ⅱ.手法編

Ⅲ.実践編

 

理論編には、1.荷主の満足とは、2.輸送の品質とは、3.運転手の五大業務等について、今回の研修にて主任・副主任がディスカッションした内容をまとめました。

手法編には、1.車両運転、2荷役作業、・・・5.指示、指導する人といった項目について、メンバーが議論した内容を①基本と、②実践のポイント、③指示・指導する人の役割といった切り口でとりまとめました。

実践編には、事故統計分析の結果をとりまとめ、将来的に各支店における改善事例や取り組みを事例集として追加していく予定です。

 

(2)成果と課題

半年間の研修を通じた効果で最も大きかったことは、主任、副主任以上を指導する立場にある、係長、課長といった役職層の意識の高まりもあったことです。研修では主任・副主任の目標設定に対し、上司からのフィードバックをもとめる形にしました。主任層の一部のメンバーは率先して、パート社員を自ら集めミーティングを行ったり、個別面談に取り組んだりと意識の高まりとそれを裏付けるスキルの高まりがありました。

積み残し課題は、半年間の期間では、当初想定した、主任・副主任層のライフプラン、キャリアプランといった項目への落とし込みでした。新しい社員の採用や人材の定着の重要性が増している現在、これらへの取り組みを次の課題として検討しています。

 

7.まとめ:職場リーダーの基本的役割

図表10:A社の研修会での取り組み

 

A社の取り組みは、図表10のような形でまとめることができます。

組織が組織として機能するには、組織の三要素が必要です。コミュニケーション、共通目標、貢献意欲です。問題となるのは、どうやってこのような組織をつくるのかです。これを今回のテーマにそって考えれば、以下のようになります。

・コミュニケーション⇒職場リーダー自身の基準創造行動から

・共通目標⇒職場リーダーがチームの目標を明らかにしてメンバーと共有する

・貢献意欲⇒職場リーダーによる日常の業務活動を通したメンバーの育成

 

(1)リーダー自身の基準創造行動の実践から始まる職場改善

職場が一体となる鍵は、メンバーの人間性の向上です。メンバー一人ひとりの人間性の向上は、リーダー自身の基準創造行動の実践から始まります。

① 明るい挨拶・正しい服装・清潔な身だしなみの徹底

リーダー自身の基準創造行動(当たり前の行動)の実践・徹底をとおして、リーダーとメンバーとの間に信頼に基づくコミュニケーションが生まれます。

② 職場メンバーにおける基準創造行動の浸透

リーダーの実践を通して、メンバーの中から少しずつ共に実践する者が増えていき、その基準創造行動の実践を通じた成長が、職場におけるチームワークを育みます。

③ 職場生活の充実

仕事だけでなく職場生活の充実が出発点です。職場メンバーそれぞれが自発的に「人間性向上」に努める時、職場には信頼関係が生まれ、成果を出す職場になっていきます。

 

(2)チームの目標を明らかにしてメンバーと共有する

リーダーはチームの目標を明らかにして、メンバーと共有することが求められます。その前提は自分の部署の目標を理解していることです。リーダーは部署の目標を理解し、その目標を達成するための活動を自身がメンバーのお手本になる形で実行していくことが求められます。部署の目標を聞かれたとき、すぐに頭に思い浮かぶ状態が理想です。

 

(3)日常の業務活動を通じたメンバーの育成

リーダーはメンバーを日常の業務活動を通じて、育成・指導する役割を背負っています。そのための具体的なメンバーへの関わり方は以下のとおりです。

① 仕事の基本を身に付けさせる

仕事の基本は、指示を受けたら段取りを組み、それを実行し、その結果を報告して完了する、この一連の流れをいいます。この基本的な仕事の仕方をまずはメンバーに身に付けさせていきます。仕事の段取りとは、優先順位・時間の見積・完了までの計画を組み、当事者間で合意することをいう。結果の報告は仕事の後始末であり、日報を通じて行われます。また仕事の基本が守られているかどうか、確認することも大切です。守られていなければ、その場その場で教えていくことです。

② 困難を一体となって克服する

リーダーはメンバーが業務上の困難にぶつかっているときこそ、育成のチャンスであり、その克服を共にすることにより、成長を支援できます。

③ メンバーの良い相談役になる

メンバーを育てる前提となるのは、メンバーとの信頼関係である。信頼関係を構築するには、日頃からメンバーに関心を持ち、メンバーの困っていること・悩んでいることに相談に乗ったり、アドバイスをしたりする等の関わりが求められます。

 

【参考】A社の事故防止研修会のプログラム

第1回:現状把握「現在はどのようになっているか」
①物流事業者の基本の理解(輸送品質、五大業務、基準行動(行動見本)、事故防止の考え方およびステップ)

②会社の方針を理解する

③主任・副主任(=班長)の能力と意識を測定する(職務能力と人格能力)

第2回:要因分析「どうしてそうなったか」「どうしてそうなっているか」
①A社にとっての輸送品質とは、五大業務とは。

②会社の方針の理解の再確認(重点事項を中心に)。

③事故統計分析。

④KD-Ⅰに基づく自己分析。

第3回:改善案を作成する
①A社の今年度方針との組み合わせ、輸送品質向上○カ条、輸送品質向上用標語の作成。

②会社の方針を実現するための指導方法とは。

③事故統計分析。

④自己改善案の作成。

KD-Ⅰ、両親の長所、メンバーの長所、自分の長所などに基づき、どのように意思疎通と意欲を高めるかについて目標設定する。

第4回:改善案の実行状況の確認
①ストローク分析と、ミーティング・面談の進め方
第5回:標準化
①輸送品質向上度の評価。5段階評価の標準化(マニュアル作り)。

②会社の方針実現の指導方法の標準化(マニュアル作り)。

③自己改善目標の実践状況確認。

第6回:まとめ
①輸送品質、事故防止に対する向上方法、指導方法の内容の振り返り。

②自己向上目標の設定(ライフプラン、キャリアプラン)。※この項目は、未実施。

 

以上