運送業の小集団活動(QC)による問題解決アプローチ
QC活動による問題解決アプローチ
企業が経営計画を立案して実行に移していく時、計画策定段階よりも、実行段階で想定していたより進まないといった組織内部の問題にあたるケースが多く見られます。
今回は、そのような経営計画を有効に機能させるため組織の問題に着目し、QC活動を通して経営改善に取り組むA社の事例を見ていきます。
1.A社の概要
A社は、一般貨物輸送を主要業務とした運輸業であり、従業員数約120名、車両台数約100台の規模の会社です。
中期の事業計画を策定し、売上高、利益額以上に事故、クレームの削減を重点目標として経営目標を設定しています。経営改善を通して経営目標を実現する組織を作っていくという成長志向を持った企業です。
2.業界を取り巻く課題
A社のみではなく、運輸業全体で燃料費高騰などコスト増分を価格転嫁出来ないといった問題があります。また、規制緩和以降の厳しい価格競争によりコンプライアンスが守りきれず、拘束時間の長時間化やそれに伴う過労運転、過重労働から重大事故やクレームにつながるといった業界全体も問題も多いのが実情です。
厳しい環境下において、既存事業だけでは採算が取れず、関連事業やサービスなどに展開していく企業も見られます。但し、そのような場合既存事業で経営計画が一人ひとりにまで浸透し、事故やクレーム削減といった問題解決が行われるマネジメントの体制が構築出来なければ、関連分野に進出しても成長が見込めないのが実情です。
以上のことから組織内部の問題に着目し、内部環境に起因して発生している事故、クレームといった問題解決にどこまで取り組める組織なのかどうかが成否を分ける重要な要素になります。
3.コミュニケーション改善から
(1)コミュニケーション改善の全体像
【図表1:コミュニケーションの全体像】
A社では、トップを主体としてコミュニケーション改善に取り組んでいます。中でもQC活動を取り入れて、第一のステップとして集まる場を形成し、その次の段階として改善活動を通した管理者育成を行っています。
(2)コミュニケーション改善の壁
コミュニケーション改善に取り組む際、一つ目の壁は「集まれない」という問題です。理由としては、「業務が忙しくて集まれない。」「勤務時間が違っている(例えば24時間運行しているなど)ため現実的に難しい。」「人が不足している、または余剰人員がいないためそんな時間は作れない。」といった内容です。
この段階で、まず経営者としての決意の程が試されています。業務を優先していくのか、中長期的な視点に立ち組織作りに取り組みブレイクスルーしていくのか経営者の考え方1つで進むべき方向が決まってくるのです。集まり方は工夫出来ることから、経営者が本気で取り組むことを決意出来れば、第一の壁は比較的容易に越えられます。
二つ目の壁は、組織内部において「現場の声に耳を傾けていない」という内容です。
この問題に対する理由は様々ですが、組織階層が深くなればなるほど、営業所などの拠点が増えれば増える程、構造的な問題が発生しやすくなります。また、経営者自身も当初は現場を訪れて話を聞くなどしていたが、業務などにより現状を掴むことが困難になったり、規模の拡大に伴い階層間で意思疎通が悪くなっていくことでも起こりえます。また、形式的な集まりが増え、聞いているつもり、把握しているつもりになっているケースもあります。
このような壁にぶつかっている組織で、現場の方々に話を伺うと「会社を良くしたいと考えているが、聞いてもらう場が無い。」「現場の意見を取り入れてくれない。」「方針は掲げるが、会社としての本気さが伝わって来ない。」「上司が取り組んでいない。」といった現場の声が聞こえてきます。
方針を浸透させ、経営目標を達成出来る組織となっていくためには、信頼関係を作ることに目を向けていくことが重要です。
【図表2:コミュニケーションが悪い組織】
(3)QC活動の考え方
組織が抱える問題を解決しながらコミュニケーション改善を促していくためにも、QC活動の考え方は有効です。QCとは、以下の言葉を指しています。
H( ヒューマンニスティック:創造者による )
Q( クオリティ:経営体質の )
M( マネジメント:高度化活動 )
QCの目的は、組織における1)メンバー一人一人の創造 性の向上と2)経営というマネジメントの質の向上、その結果としての3)品質向上などによるお客様満足度の向上を図る活動です。QC改善ストーリーに沿って、問題点の発見から改善活動、歯止めまで展開していきます。
【図表3:QC改善ストーリー】
但し、現場主体の改善活動としての現場改善型ではなく、トップが主体的にコミュニケーション改善から経営目標達成に取り組んでいく経営改善型で取り組んでいくことが求められます。A社においても、QC活動を取り入れた取り組みを行っています。以下は、活動に取り組む前提としての問題点へのアプローチとA社の事例を紹介します。
4.問題解決への取り組み
(1)そもそも問題とは何か?
経営改善に取り組もうと考えら場合、自社の抱えている問題点には、顕在化された問題点と潜在的に抱えている問題点、課題を問題として捉えることに分けることが出来ます。
【図表4:問題点の種類】
1)顕在化している問題点
・既に発生している。または共通認識されている問題点。
2)潜在的に抱えている問題点
・現在発生していないが、事故、クレームなどにつながるような問題点
3)課題としての問題点
・そのままでも事故、クレームにつながらないが、あるべき姿と現状のギャップを問題点として捉える。
最初に顕在化された問題点とは、例えば「事故が多い」「人が育っていない」などといった、すでに認識されている場合や発生している問題である。このような問題は比較的発見しやすい傾向にあります。
次に潜在的に抱えている問題点ですが、これは、現在発生していないが、いずれ問題や事故、クレームにつながってくると思われる問題です。例を挙げれば、車両の点検や整備を怠っていた場合に現状は事故が起きていないだけというようなケースです。これは、意識的に発見したり、チェック機能を働かせなければ見つからないケースも多いといった特徴があります。
更に、現状維持でも事故、クレームにつながらないが、あるべき姿と現状を比較した場合にギャップが存在し、その課題と問題点として捉えることも出来ます。
(2)問題点へのアプローチ
自社の問題点と抽出していく際に1)「ブレーンストーミング手法を活用」していくことは非常に有効です。これは、経営者や管理者が認識している問題点以上に様々な立場や役割から見た場合の問題点を抽出することにつながります。
このような手法で、既に発生している問題点、共通認識を持っている問題点に対してはアプローチしやすくなります。また、潜在的に抱えている問題点に気づくこともあります。
もうひとつ、潜在的な問題点、課題としての問題点へアプローチしていく方法として、2)「業務の流れ(プロセス)を分析すること。」3)「データを収集し、分析すること。」4)「他社の事例などと自社を比較すること。」などが挙げられます。
2)は仕事の手順、プロセスでアプローチする方法です。プロセスを明確にすることで、プロセス上の問題点に気づくことが出来ることや客観的な分析につながってきます。
3)は悪さ加減を定量的に分析するためにデータを収集することです。事故データなどを例に挙げると、単純に事故件数を取り上げるのではなくより具体的なデータとして事故率、発生場所、発生状況などを掘り下げていくことで、より本質的な問題点の抽出へとつながってきます。
4)は、他社の事例などを用いて、自社の現状と比較することです。自社内では慣習で良しとされてきていることであった場合、問題に気付かないといったことが起こり得ます。このような問題点や課題に気づいていくために、他社の事例などを用いて自社と比較していくことは有効です。
【図表5:問題点へのアプローチ方法】
1) 「ブレーンストーミング手法を活用すること。」
2)「業務の流れ(プロセス)を分析すること。」
3)「データを収集し、分析すること。」
4)「他社の事例などと自社を比較すること。」
(3)問題点を仕分けする
一概に問題点と言っても、解決までの道のりは異なります。抽出した問題点は、仕分けをして、問題のレベルに合わせたスケジューリングを行っていくことが必要です。
改善ストーリーで取り上げた問題解決の手順ですが、全ての問題点を手順に沿って解決する必要はありません。ゴールが明確で、すぐに実行すれば完了するもの(例えば、車両番号0000の洗車が出来ていないなど。)である場合、やるかやらないかだけの話であり、即解決出来るものとして分類します。
また、ドライブレコーダーと導入して欲しいなどといった要望も含めて経営判断が必要なものが抽出される場合もあります。これを比べても問題の分類が大きく異なることが分かります。
【図表6:問題点の分類】
A :即解決(すぐに解決策が実行できるもの)
B :施策実行(原因・解決策が分かっており、手順を踏んで進められるもの)
C :問題解決(問題の解決策が分からないので、要因に手を打っていく)
D :課題達成(目標、あるべき姿を目指して対策に取り組む)
E :経営的判断(サークルレベルで判断・対応できないもの、費用が多くかかる)
X :その他
(4)問題点をプロセスで捉える
先述した問題点のうち「C:問題解決」「D:課題達成」に分類されるものは特にそうであるが、問題点をプロセス上のどこに置くかということも非常に重要です。例えば、問題点として挙げられている指標「従業員定着率」「クレーム」などが業務プロセス上のどこに起因して発生しているものなのか掘り下げるといったことです。
このようなプロセスアプローチで見た場合、「従業員定着率」であった場合、何に起因して定着率が低いのか掘り下げておく必要があります。それが、採用プロセスなのか教育プロセスであるのか、このような掘り下げが改善ストーリーで言う要因分析につながってきます。
5.管理者による問題解決
(1)問題解決は問題点の発見から
管理者は、実際の現場で問題解決を推進していく立場として、改善ストーリーへの理解は必要不可欠です。先述している改善ストーリーの中で、問題点を発見出来るかどうかが管理者にとって最も重要な要素の1つです。大切なことは問題意識(気づき)の向上です。そのためには、日常の職場活動の中で、1人1人が何が重要なのか、方針や目標に対してどうなのかということを常に考えて行動し、向上しようという意識を持つことが重要であり、改善活動を定着させるための鍵でもあります。活動を通して自分自身の意識を変えていくことが出来れば、問題に対する見方も変わってきます。
その上で、先述したような問題点の種類、アプローチの考え方を元に問題点をより的確に抽出し、解決へと導いていく役割が管理者には求められており、A社ではこの活動を通して管理者育成を行っています。
(2)管理者による現状把握
現状把握する時の切り口を変えて見ることで、問題点の見方も変わってきます。以下のような方法を活用しながら問題点の裏付けを取っていく仮説検証型でアプローチを行うことで、問題点の悪さ加減が見えてきます。
【図表7:現状把握の方法一覧】
(3)良否の判断が出来る管理者の姿
良否の判断が出来る管理者の姿とは、どのようなものなのでしょうか。まず始めに管理者として自己管理がきちんと出来ていることが前提です。自己管理が出来ていなければ問題に対して甘えたり、手を打てないなど判断基準が鈍くなります。自己管理は、基準創造行動の実践を通して身に付けていくと効果的です。自己管理の次は、物事に対して判断基準を持っていることです。基準を持つためには、普段から意識して一人ひとりの課題や会社の方針、目標に対して目を向けた生活を送っていることが大切です。
5.点呼改善への取り組み事例
A社では、自分達が変わっていくことを通して問題点を解決し、事故防止へとつなげていくことをテーマにQC活動を展開しています。A社の改善活動において、点呼の改善に取り組んだ事務所チームの事例を見ていきます。
①問題点の抽出
事故防止を前提として、問題点の洗い出しを行いました。問題点の洗い出しは、ブレーンストーミングという発散技法を活用し、約50個の問題点が挙げられました。その中でも点呼に関するものが多く取り上げられました。
②テーマ選定
挙げられた問題点の中から、重要度や実現性などの基準を基にテーマ選定を行いました。テーマは「点呼による伝達ミスの防止」とされました。
③要因分析
要因分析として、伝達ミスが起こる要因についてチームで掘り下げを行いました。その結果、以下のような点に集約されました。
【伝達ミスの要因(主なもの)】
・帳票類が統一されていない。
・人によって点呼のやり方が違っている。
・伝達内容に漏れがある。etc…
④改善活動の展開
A社のチームでは、要因分析の結果から点呼時に使用する伝達用のメモの標準書式の作成に加え、メモの記入という点を中心に活動を実施していきました。
⑤効果の確認と歯止め
チームで効果確認と歯止めを講じていく際に、自分達の取り組みについて振り返りを行いました。その際、帳票類の統一やメモについてばかりに焦点が当てられており、そもそもの大テーマである自分達が変わることを通しての問題解決には至っていない点に管理者の方が気づいていきました。
その後、改めて点呼は本来どうあるべきか、伝える側の伝え方や普段からの声のかけ方などにも焦点を当て、現場との信頼関係作りにも取り組んでいきました。その結果として、これまで多く挙げられていた点呼に対する伝達ミスは無くなり、スムーズな伝達が行われるようになりました。
⑥改善効果について
管理者側の考え方が変わっていくことを通して、伝達漏れが多く思ったように伝わらなかった点呼が伝わる点呼へと変化し、伝達漏れも無くなっていきました。帳票の改善も1つも成果ですが、それ以上に管理者側の問題意識や良否の判断1つで組織内部は変わっていきます。業務の改善だけでなく管理者の育成、組織が抱えるコミュニケーションの問題を同時に解決していく手段としてQC活動を継続していくことの有効性は高いと言えます。
A社では現在、より具体的な事故の統計分析と発生要因を掘り下げ、基準の見直しや周知方法の見直し、個別指導への展開など事故率低減に向けた取り組みを進めています。